「ボールは去年よりも遅くなった」とロジャー・フェデラーは言い、ラファエル・ナダルは「とても質の良いボール。何も文句はない」と断言した。
2年前の全豪オープンでのこと。
この年から大会公式ボールは、ウィルソン社製からダンロップ社製に変わったのだ。契約期間は、2019年から5年間となっている。
ダンロップはもともとイギリスの会社だが、スポーツ事業は日本の住友ゴム工業が運営する。
テニスボールを企画開発するのも、同社の技術者たちだ。
「大会公式球の開発の難しさは、正解やゴールが見えないことなんですよ」と、研究開発本部の丹羽邦夫氏は苦笑する。
通常の商品開発は、まずは理想の完成図が掲げられ、その実現を目指せばいい。
対して大会公式球は、「プロが認めるものが一番」。とはいえ、フェデラーとナダルのボール評が異なるように、選手によって求める要素は千差万別。
完成絵の見えぬ、ジグソーパズルを作るようなものだ。
それでも、普遍的な“良いボール”の指標は、もちろんある。
その大きなエッセンスが、耐久度。
「テニスボールの耐久度を決める要素は、大きく言うと3つあります」と丹羽氏は言う。
一つは、内圧が漏れないこと。もう一つは、ゴムそのものの耐久度。そして、摩耗の少ないフェルト。
今年2月の全豪オープン会場で練習する、メドベージェフ(右)とリュブレフ。ツアー屈指の強打自慢の二人の打ち合いにも、耐えられるボールが求められる
特に、耐久度や弾性率の高いゴムの開発には、同社のタイヤゴムのノウハウも生かされているという。
選手がボールを打つ時、ラケットに接触している時間は、僅か1/1000秒。
その短時間での形状変化や耐性に、技術者の知識とこだわりが注ぎ込まれる。
全豪オープン公式球がダンロップに変わってから3年目の今年、ボールが話題に上がることは、ほとんどなかった。
それこそが、「プロが認めるもの」という完成絵を描けた、何よりの証だ。
※後編では、ボール開発に至るプロセスや技術者のこだわりを深堀りします。
住友ゴム工業
英国のタイヤメーカー、ダンロップ社の工場として創業。ゴム製品開発のノウハウを生かし、1930年よりゴルフおよびテニスボールの生産を手掛ける。
現在は「ダンロップ」のブランド名で、テニスラケットやボール、ウェアを開発・生産する。
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