11月に、山梨と愛媛で行われたITF(国際テニス連盟)公認の国際ジュニア大会で、2週連続優勝を成し遂げた少年がいる。
ジョーンズ怜音(レノン)。
現在、フランスのムラトグル・アカデミーで腕を磨く15歳だ。
ムラトグル・アカデミーの創始者であるパトリック・ムラトグルは、セリーナ・ウィリアムズを完全復活させた手腕で知られる名コーチ。
男子世界6位のステファノス・チチパスや、女子テニス界期待の16歳、ココ・ガウフらを見出した慧眼の持ち主でもある。
そのムラトグルの目に止まり、ジョーンズが親元を離れ渡仏したのが2年前。
今回はビザ更新のため帰国中で、その間に日本の大会に出場した。
久々に日本でプレーする15歳を見て、小学生時代の彼を知る関係者たちがまず驚いたのは、急激に伸びた身長だ。
「小6の時は145cmしかなかったので」と本人も恥ずかしそうに明かす上背は、今は180cmに達している。
変化が見られたのは、身長だけではもちろんない。
ドロップショットやスライスなどの技を習得し、プレーの幅も大きく広がった。
その理由をジョーンズは、フランスのアカデミーや大会で対戦する選手たちの、多様性にあると言う。
「海外の人は、体格が全然違うじゃないですか。戦い方も、スピンを凄く掛けてきたりパワーがあったり、本当に色んなプレースタイルの人がいて」
日本では希少なレッドクレー(赤土)のコートが主戦場であることも、適応力を育んだ。
渡仏した頃は「全然戦い方が分からなくて、本当にきつかったです」と述懐したが、そのなかで生き残る術を探ってきた。多彩さを増した技と、高い戦略性がその成果。
ネットプレーなど多彩な攻撃でジュニア大会を制したジョーンズ怜音
「日本にいた時は、スライスやドロップショットとか全然使わなくて。そういうボールを打てなかったんですが、フランスに行って良くなった感じです」
そう話す姿勢と口調は、謙虚で折り目正しいジョーンズ少年。
ただ「将来はプロになりたい?」との問いには、「もちろんです」と即答する。
「ここまでこられたし、サポートも凄くいいので。支えてもらっているので、ここからもっと頑張りたいです」
大きくなった身体に新たな技と夢を詰め込み、確かな足取りで信じる道を歩んでいる。
ジョーンズ怜音(じょーんず・れのん)
2005年1月三重県生まれ。世界のトップジュニアが集う“オレンジボウル”12歳以下を制し、そのプレーがムラトグルの目に止まった。テニスを始めたのは5歳の時。当時は2歳年上の姉が最大のライバルだった。
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