どうして、どうしてシュートを撃たないんだ。
寒風に包まれたカシマスタジアムの記者席で僕は、唇を噛んだ。
10月24日対鹿島戦の82分、浅野雄也のパスを受けた藤井智也はPA内やや右サイドでフリーとなった。
確かにゴールを狙うには、角度は厳しいかもしれない。しかし一方で、多くの選手がゴールを決めている角度でもある。
撃てる。だが、藤井はクロスを選んだ。誰もいない場所を、ボールは転がった。
同点のチャンスは、潰えた。
居残りの常連・鮎川峻(奥)と藤井智也が重い縄を振って背筋を強化。努力はきっと花が咲くと二人は信じている。成果は信じることから生まれる
僕は藤井が広島の練習に参加した頃から「シュートがあればプレーの幅が広がるのでは」と聞いてきた。
柏好文のように、突破もクロスもシュートもある、相手に怖れられる選手になってほしいと願うが故の質問だった。
彼もまた、広島での自身のプレーに不満を感じ、自問自答を繰り返していた。
「もっと自分を出していい」
大学ではシュートも積極的に撃てるのに、広島ではどうしても「遠慮」を感じてしまっていた。
「いい意味でのエゴが必要だ」
頭ではわかっていた。しかし、プレーで表現できない。
「あのシーンは、シュートを撃てた」
映像を見返して、後悔した。
「あそこで(シュートを狙って)足を振らないと意味はない」
決意と覚悟が生まれた。
居残り練習でシュートを撃った。撃って、撃って、頭だけでなく身体に「シュート意識」を染み込ませた。
実戦で経験し、振り返り、改善して実行する。ビジネスマンに求められる思考回路を藤井は実践した。
居残りでシュート練習を繰り返す藤井智也。意識の改革はトレーニングの積み重ねから
31日の対仙台戦、藤井は先発。27分、そして37分と彼はシュートを放ち、名GKヤクブ・スウォビィクを脅かした。
「今日はゴールに向かう姿勢が全て。そういう意味では、悪くなかったです」
初めてとなる試合後の会見で、そう言い切った若者。
意識改革がついに、本物となった。
藤井智也(ふじい・ともや)
1998年12月4日生まれ。岐阜県出身。MF。立命館大学在学中だが、広島の強化指定選手として13試合に出場(10月31日現在)。2021年、大学卒業後の正式加入も決まっている。50m5秒台のスピードで相手を置き去りにする突破力が魅力。成績も優秀ですでに卒業に必要な単位は取得済み。
【中野和也の「熱闘サンフレッチェ日誌」】