清水戦の前日(10月9日)、練習が終わっても野津田岳人はずっと、グラウンドの横に座っていた。
遠征メンバーからは外れた。そういう時でも居残り練習に参加するサッカー青年が、ボールを蹴ることなくある1点をじっと、見つめていた。視線の先にいたのは、城福浩監督である。
監督のもとに行くことは選手にとって大きな勇気が必要である
意を決した野津田は、芝生を踏みしめて監督に近づいていく。
「ちょっと、お話が」
言葉を発したのは野津田の方から。
そこから先、どんな言葉をかわしたのかはわからない。
30分近い会話の後、野津田は取材陣に対して「お疲れさま」という挨拶だけ残してロッカールームへ。城福監督も具体的な言葉のやりとりへの言及は避けた。
会話の間、野津田岳人はずっと、監督の表情から目をそらさなかった
ただ、監督は苦闘する若者にこんなメッセージは伝えたという。
「僕だけでなくスタッフもみんな、苦しみながらも努力を続けるガクのプレーや姿勢をずっと見ている。今の壁は障子程度の薄さ。突然、先発に抜擢する可能性もある。だからこそ、今の姿勢を続けてほしい」
言葉が届いたかどうか、それはわからない。ただ広島復帰後初めて、自分から監督に話をしに行った野津田の姿に指揮官が目を細め、笑顔で彼を迎え入れたことは伝えたい。
週明けの月曜日(12日)、練習場に現れた野津田の髪は、美しい金色に染まっていた(トップ写真)。
「いやあ、思ったよりも明るくなりすぎて……」
「そうなんだ。監督と話して、すっきりした?」
「まあ、少しは」
髪の色と同じくらい、野津田の笑顔は眩しかった。
野津田岳人(のつだ・がくと)
1994年6月6日生まれ。広島市出身。MF。広島ジュニアユースからユース、トップチームと駆け上がったサラブレッド。ユース時代は高円宮杯3連覇に貢献し、2年連続高円宮杯チャンピオンシップMVPにも輝いた。2019年、期限付き移籍先の仙台から復帰。2020年6月20日、結婚。
【中野和也の「熱闘サンフレッチェ日誌」】