その男はギラギラとした獰猛な瞳で、城福浩監督の言葉を聞いていた。
横浜FM戦前日の10月27日、青空の下で指揮官が語ったのは試合に向けての戦術的な指示。廣永遼太郎は一言たりとも漏らすまいと、じっと監督の方に視線を向けていた。
試合に出られないことも、ベンチに入れないことも、わかっていたのに。
厳しいことで知られる広島のGK練習。どんな時も、廣永遼太郎は全力で取り組む
2017年2月15日の対新潟戦で、彼は広島のGKとして初めて試合に出場した。そしてその日以降、彼は1度もリーグ戦に出ていない。
2015年の広島移籍以来、6年で1試合。
それが、廣永遼太郎の実績である。
その間、セカンドキーパーだったわけでもない。昨年、ベンチに入ったのは5試合。ほとんどの時間を3番手・4番手で過ごしてきた。
プロとしてこの状況は、苦しい。辛い。切ない。
しかし廣永がこの6年間、自暴自棄になったことは、1度もない。
口癖は「広島で僕は成長している」だ。
「試合に出ているとか出ていないとかは関係なく、いつも向上心を持って取り組めている。だからこそ、成長を実感できるんです」
藤原寿徳GKコーチが「ヒロの繋ぎは特長ですね」と認める足下の技術。その上で彼は「もっとシュートストップの幅を広くしたい」と課題を掲げる。
6年もの間、強みを磨き課題に取り組み続けた努力が廣永のスケールを一段とグレードアップさせたことは、練習を見ればわかる。
その成長を試合で見せる機会は少ない。
しかし、常に試合を想定して練習できているから、いつチャンスが来ても準備はできている。
その自負は持っているし、彼と増田卓也、試合に出ていない2人が常にギラギラしているから、林卓人や大迫敬介も刺激を受ける。
広島のGK練習が醸し出す緊迫感は、廣永のような存在が形成しているのだ。
池田誠剛フィジカルコーチの指導によるお尻の筋肉を鍛えるトレーニングにも必死にとりくみ続ける
「頑張りますよ」
そう言って廣永は笑顔を見せる。
その前向きさもまた、6年間、ずっと変わらない。
廣永遼太郎(ひろなが・りょうたろう)
1990年1月9日生まれ。東京都出身。GK。中学生の頃からFC東京の育成組織で育つ。2007年、城福浩監督が率いたU-17日本代表の正GKとしてU-17ワールドカップに出場。2008年にFC東京トップチームに昇格。2015年から広島でプレー。屈指のネコ好きで知られ、彼のアイディアからネコグッズがクラブから発売されたことも。
【中野和也の熱闘サンフレッチェ日誌】