「自分が発信するようになってから、ファンの方が反応してくれるようになったのが、嬉しくて」
そう言う土居美咲の声が、胸の内に響いた。
若い頃はどちらかと言えば、自分を表現するのが苦手だった選手である。そんな土居が、ソーシャルメディアでコート内外の様子を発信するようになったのは、この1年ほどのこと。
「コロナ禍で心配してくれるファンや関係者の声も多い中、元気にやってますよと伝えたいと思って」
起点にあったのは、そんな無垢な思いだった。
指南役のトレーナーの猪飼美里(左)と共にキレキレのステップを踏む土居。最近は動画編集スキルも上がっている模様(提供:土居美咲)
24日に開幕するオリンピックのテニス競技に、土居は2大会連続で参戦する。
プロテニス選手にとってオリンピックは、二律背反的な存在だ。
アスリートとしては、出ることは栄誉である。
ただ、テニスの世界での強さの指標たる“ランキングポイント”は、どれだけ勝とうと獲得できない。
そのなかで土居が今大会に見出す最大の意義は、“ファンとのつながり”にあった。
「正直、海外遠征していると、日本のファンの方とつながる機会が少ないんです」と土居は言う。
強くなるほど、母国が遠い地になるのもまた、テニス選手が抱えるジレンマだ。
“純国産”選手の土居が世界で活躍できる訳は、トップ選手も一目を置く、鋭利かつダイナミックなプレーにある。
159㎝の身体を目いっぱい使いサウスポーから放つ強打は、一撃必殺の武器。
先のウィンブルドンでの土居。サウスポーから放つフォアハンドが彼女の武器だ
「彼女と試合するといつも、もっと高いランキングに居るべき選手だと感じる。私は、打ち合いで主導権を握られることは少ないが、彼女相手にはしばしば支配される」
土居の能力をそう評したのは、練習の機会も多い大坂なおみ。
また、41歳になった元世界1位の“生きるレジェンド”ビーナス・ウィリアムズは、先のウィンブルドンで土居と練習した。
その主たる理由は、次の対戦相手がサウスポーだったから。ただビーナスは、妹のセリーナ以外とは練習しないことで有名である。単にサウスポーだというだけで、練習相手に指名しないだろう。
ちなみに土居と練習した後のビーナスは、常に勝利を手にしている。
ファンとの交流を望んだからこそ、今回のオリンピックの無観客を残念に思う気持ちは強い。
同時にだからこそ、ソーシャルメディア等を通じ交流を図ってきたことを、良かったと思うのだと言う。
「自分の行動がきっかけで、応援してもらえていると実感できた。その意味でもオリンピックでは、ファンの皆さんに楽しんでもらうためにも、自分が楽しんでプレーしたいですね」
30歳を迎え、「人間的に厚みが増した」土居は、ファンとの絆を背に東京オリンピックのコートに立つ。
土居美咲(どい・みさき)
1991年4月29日、千葉県大網白里市出身。ジュニア時代から世界を舞台に活躍。19歳で全日本選手権を制し、以降は海外ツアーを主戦場とする。2018年にはランキング300位台に落とすスランプに陥るも、再びトップ100に復帰し東京オリンピックの代表に。
【内田暁「それぞれのセンターコート」】