“ザ・チャンピオンシップ”。
一般的に、開催地の「ウィンブルドン」の名で知られる最古のテニス大会は、自らをそう名乗ることをためらわない。その名に恥じぬ格式と、大会運営力への自信と矜持が宿る。
昨年は、コロナ禍のため中止に追いやられた“ザ・チャンピオンシップ”が、今年、ウィンブルドンに帰ってきた。
例年、選手や関係者でにぎわう会場近郊のレストラン街“ヴィレッジ”も、テニスを模したディスプレーで賑やかに彩られる。
人気タイ料理店のオーナーは、「去年はひどい有様だった。今年はその分、盛り上げるよ!」と明るい笑みを顔中に広げた。
開幕3日前に会場を訪れると、既にコートは、練習する選手たちで溢れかえっていた。
この大会では、芝の状態を維持するため、開幕前に選手が試合コートで練習できるのは基本1回のみ。
それだけにどの選手も、高い集中力で練習にのぞみ、故に“好カード”が目白押しになる。
この日は、帝王ノバク・ジョコビッチが、次代の王者候補と目されるヤニック・シナーと打ち合った。
先の全仏を制したばかりのジョコビッチ(右)は、19歳のシナーと練習する
さらには、膝の手術から戻ってきた芝の王者フェデラーが、人工股関節手術から奇跡的な帰還を果たした、アンディ・マリーと練習試合をする。
これらトップ選手たちの練習コート脇では、他の選手たちも足を止めて見入る光景が見られた。
そのような豪華ギャラリーの中に、日比野菜緒も居た。
練習を終えた彼女は、ジョコビッチのプレーを、コーチと共につぶさに観察していたのだ。
「ほら、あれくらいコンパクトな構えでも、しっかり飛んでいくやろ?」
そんなコーチの言葉に、「頭では分かっているんですけれどね……」と返す日比野。
クレーの全仏から芝のウィンブルドンへの切り替えは、テニス界で最も困難なサーフェスの移行だ。
クレーで効果的なスピンを掛けた弾む球が、芝では打ち頃なバウンドにおさまってしまう。
「身体に染みついたその動きを、振り払うのは難しいんです」
そう苦笑いをこぼす日比野は、ジョコビッチの芝での一挙手一投足を、自身のイメージに焼き付けようとしているようだった。
瑞々しい芝のコートに、選手たちの息遣いと緊張感が広がっていく。
6月28日に迎える、2年ぶりの開幕の日を待ちわびて。
【内田暁「それぞれのセンターコート」】