7月初旬のある日の練習後、岩尾憲と話をしているときに、小泉佳穂についての話題を振った。
AFCチャンピオンズリーグ(ACL)2022決勝前後の試合で、らしくないミスを重ねた小泉は、思い悩んでいるようだった。その後、コンディション不良によってチーム練習からしばらく離れ、6月に入って戦列に戻ってきたものの、スタメン復帰には至っていない。
とはいえ、最近のトレーニングの様子を見ると、以前のような愛くるしい笑顔を浮かべ、練習を楽しんでいるようにも見える。
「佳穂くんは最近どう? 調子は上がってきている?」
すると岩尾は多くを語らず、柔らかな表情でこう言った。
「佳穂のことはみんな心配しています。ただ、こればかりは佳穂自身が解決しなければならない問題なので。自分で乗り越えていかないと」
それから数週間後、1週間の長いオフが明けてトレーニングが再開された日に、小泉と向き合う機会を得た。
そこで、岩尾からのメッセージであり、アドバイスを伝えると、小泉はコクリと頷いた。
「憲くんの言うとおりですね。技術的なところと、精神的なバランスのところ。その両輪を同時並行で修正していかないといけない。だから時間はかかると思います。ただ、やるべきことは、もう整理されているので――」
浦和レッズの8番を背負う男は、サッカー選手として大きな岐路に立っているようだ。
小泉佳穂は今、いったい何と戦っているのか――。
今年1月の沖縄でのトレーニングキャンプ。小泉は新しいタスクにモチベーションを高めていた。
小泉の魅力は、中盤と前線をリンクさせ、ビルドアップの出口にもなり、攻撃にリズムを生み出し、決定的なパスを通せるプレーメーカーとしての資質にある。
一方、新指揮官であるマチェイ スコルジャ監督の好むトップ下は、セカンドトップに近い役割で、ゴール前に飛び出して得点することが求められた。
キャンプ中の小泉は、そのギャップに自身の新たな可能性を見出し、「FW的な動きもやるとなると、今までの自分とは違う引き出しが必要になるけど、そこにチャレンジしたい」と前向きにコメントしていた。
当時を振り返って、小泉が言う。
「もともと監督がチームに求めているものと、自分の得意な部分にズレがあるというのはキャンプのときから感じていて。でも、『だったら、そこにチャレンジすればいい』っていうポジティブなメンタルだったのは確かです」
実際、キャンプ中に行われた練習試合では“新しい小泉佳穂”を披露すべく、中盤に下がる回数を減らし、なるべく相手ゴール前にポジションを取り、ゴールに意識を傾けていた。
2月18日のFC東京との開幕戦では左サイドハーフの大久保智明とポジションチェンジを繰り返しながら相手ゴールに迫り、3月4日のセレッソ大阪戦では3本のシュートを放った。3月31日の柏レイソル戦でも左足で強烈なミドルシュートを見舞ったが、惜しくも右ポストに弾かれた。
「シーズン序盤はシュートの意識も高まっていて、惜しいシュートも打てて。柏戦のあれが入っていれば……っていうのはありましたね」
だが、数字としての結果が出せず、自身のプレーに手応えを得られないでいると、ACL決勝が近づくにつれ、自分でも意識しないうちにプレッシャーに蝕まれていく。
知らず知らず自身のフォームを崩していった小泉は、4月29日のアルヒラルとのACL決勝第1戦で立て続けにバックパスミスを犯す。そして、5月10日のサガン鳥栖戦でついにバックパスミスが失点に繋がってしまうのだ。
「ACL決勝が近づくにつれてナーバスになっていたのもあるし、今思うと、いろんな種類のプレッシャーを感じていて。それに、自分の中でこういうふうになりたいという像があって、自分に期待していたんですけど、その期待に応えられない自分自身に対して失望した部分もあると思うんですよね。サッカーをやっていて、自分の伸びしろが見えているときが一番楽しいんですけど、その伸びしろに疑問を持ってしまったというか……」
小泉は加入当初から、「自分が浦和レッズの技術レベルのスタンダードを上げたい」「自分がいるからチームが勝てるというような存在になりたい」という目標を掲げていた。
例えるなら、川崎フロンターレで言うところの中村憲剛や大島僚太、ガンバ大阪時代の遠藤保仁(現ジュビロ磐田)のような存在だろう。
それに加えて今シーズンは、ゴール数を増やし、新たな自分を作り出そうとした。
そんな理想像に一向に近づけない自分に、失望を抱いた――。
「思い描いたようにいかなくて、自分のプレーに迷いが出てしまったというか。自分への失望や否定が入ってしまって、できていたことまでできなくなってしまって……」
次第に、チームにおける自身の存在意義まで考え込むようになっていく。
プロアスリートは自信家で、自己肯定感の強い選手が少なくないが、小泉はそういうタイプではない。
かつて小泉は自身をこんなふうに分析していた。
「思い返すと、僕は中学2年くらいから試合に出たり、出なかったりの時期が多くて、同学年のトップだった経験もない。確固たる自信があるわけではなかったし、背が低くて、フィジカルが弱かったから、強気にいけなかった。中学2年くらいから、常に不安定な感じだったんです。
でも逆に、それで自分をすごく顧みる癖がついたんです。自分をすごく疑うというか、本当にこれでいいのかって考えるようになった。常に自分に対してシビアというか。そのおかげで生き残ってきた部分も大きくて」
FC東京U-15むさしからU-18に昇格できず、前橋育英高校でも絶対的なレギュラーではなかった。青山学院大学時代は関東大学サッカーリーグ2部の所属で、プロになれる自信がなかったから、卒業と同時にサッカーを辞めようと考えていたことすらある。
逆に言えば、自分を常に疑いながら鍛錬してきたからこそ、FC琉球に加入することができ、浦和レッズからのオファーを得られたとも言える。
もともと悩み、考え抜くタイプだが、新監督を迎えた今シーズン、ACL決勝という大舞台が迫るなかで、そのメンタリティがマイナスへと作用してしまったのかもしれない。
もっとも、得点への期待に応えられず、次第にプレッシャーに苛まれる小泉に対して、マチェイ監督は高い信頼を寄せていた。
小泉が決して得点力の高いMFではないことは、指揮官も承知していた。
あるスタッフによると、「佳穂はビルドアップを助けられる選手で、今のチームには他にいない貴重な存在だ」と評価し、起用し続けていたという。
そんな折り、5月14日のガンバ大阪戦を終えた小泉はコンディションを崩し、しばらく戦列から離れることになる。
それは、神様からの「少し休みなさい」というメッセージだったのかもしれない。
だが、皮肉なことに、小泉はそこで思考の迷路に入り込んでしまう。
「試合に出るのがしんどくなっている時期だったので、個人的にはホッとしたんです。でも、むしろ自分と向き合う時間が増えて、考え込んでしまった。自分のモチベーションの出どころが分からなくなったというか。自分は行動するときに、どうしたいかより、どうすることが正しいのか、といった基準で考える癖がついているんです。
それが性格的なものか、環境によるものか分からないですけど、他人からどう評価されるか、という基準で自分の行動を決めるところがあって。自分が本当にやりたいと思うことはどこにあるのかなって考え出して、ズルズル行ってしまって……」
小泉が自身の頭の中を整理しながら、打ち明ける。
「他人の評価を気にしすぎるところがあるんですよね。監督、チームメイト、ファン・サポーター、強化部……まあ、全部なんですけど。だから、自分がブレる。頭では分かっているんです。でも、心の部分で反応してしまう。
そこが肥大していくと、集中できていないわけじゃないですか。だから、サッカーを純粋に楽しめないし……いや、練習はすごく楽しいんですよ。でも、試合になると不安になったり、余計な感情が芽生えてしまって、プレーに集中できていないから、いいプレーなんてできるはずもなく」
10代の頃は圧倒的な力がなく、レギュラーとサブのボーダーラインにいることが多かった。だからこそ、監督やチームメイトを観察し、その意図を汲む術が磨かれた。それが戦術理解度の高さや気の利くプレーに繋がり、小泉佳穂というサッカー選手が築き上げられていったのは間違いない。
「実際、そういうメンタリティは悪くないと思っていたんです。監督はどういうことを評価しているのか、チームメイトは自分にどうしてもらいたいのかに気づけるから、起用される面もある。でも、そっちのほうに振れすぎていたから、ここに来て大きな壁にぶつかった。
そのバランスを修正しなくてはいけないことに気づいて、今、トライしているところです。でも、いざ直すとなると、難しくて。癖になっているんですよね。思考というよりも反応なので。だから、まずは自分で気づく練習から始めました。あ、今、人の評価を気にしすぎているなって」
技術面の課題に関しても、すでに分析はできている。
「止める・蹴る」の精度を高める努力をするのは当然として、周囲の情報を取り入れるための首振りも、その回数やタイミングといった基本的なところから見直している。
ただ、技術は精神面の影響を受ける場合もある。
「やっぱり精神的に弱気なときはボールばかり見てしまって、周りの情報を取り入れられなくなってしまう。鳥栖戦のときはミスが続いて弱気になっていて、『シンプルにプレーしよう』と考えすぎた結果、ワンタッチで叩いてミスになった。ワンタッチで出そうとしたときに敵が来ていたら出さないほうがいいのに、そこの判断がなくなっていたんですよね。自分の判断で主体的にサッカーをしないといけない」
これまでの自分を変える――。
それは、これから自分がどうなっていきたいのか、と同義である。
小泉佳穂が今、向き合っているのは、そうした根本的な問題だ。簡単に解決するものではなく、時間をかけて乗り越えていく覚悟もできている。
とはいえ、復調の兆しがないわけではない。
例えば、7月8日のFC東京戦。
77分からピッチに立った小泉は相手のボールホルダーに猛アプローチして、何度もボールを奪いにいった。
「FC東京戦は強気にできたんですよね。相手が(アカデミー時代に所属した)FC東京だったというのはあまり関係ないけれど、(前橋育英高校の同級生である渡邊)凌磨がいたのはちょっと関係あるかもしれないです。あの日は体のコンディションも良くて、すごくいいアップができた。何かに迫られてプレーするのではなく、自分の意志と判断でしっかりプレーできたんです」
例えば、7月16日のセレッソ大阪戦。
70分からピッチに送り込まれたものの、チームがゲーム終盤にパワープレーを敢行したため、小泉が貢献できることは少なくなってしまった。だが、それでも収穫があった。相手チームに自分の理想のプレーをする選手を見つけたのだ。
「香川真司さんがめちゃめちゃうまくて。プレッシャーの反対側にボールを置くから、(伊藤)敦樹がことごとくファウルを取られていたんです。敦樹って足の出る幅が日本で屈指だと思うんです。経験したことのないレベルで足が出てくるんですけど、香川さんの体の入れ方がうまくてファウルになっていた。ああいうのを見ていると、自分も技術的な伸びしろがまだまだある。そういうのを見つけられると、楽しいんですよ」
伸びしろと言うと、本田圭佑のイメージもあって「果てしないポテンシャル」と捉えられるかもしれないが、小泉にとっての「伸びしろ」とは「好奇心」である。
「ああいうプレーをやれたらいいな、ああいうプレーを真似してみたいな、という気持ち。自分にもできるかもしれないと思ってトライするのが、サッカーの楽しさ。そういう意味では今季の最初は、『点も取れるようになりたいな』ってポジティブに思えていたんですけど、いつしか『取らないといけない』というふうに、自分にプレッシャーを掛けていたのかもしれない。そこもバランスですね」
「まだまだ時間はかかりそうです」と小泉は語ったが、自身に起きたことや自身が置かれている状況、どうやって克服していくかを冷静に分析して言語化できる時点で、すでに何歩か踏み出している。
そして、殻を破ろうとする小泉に期待しているからこそ、マチェイ監督も再びピッチに送り出しているのだろう。
この夏、浦和レッズはかつて日の丸を背負った安部裕葵と中島翔哉を獲得した。ふたりはトップ下や左サイドでのプレーが得意で、小泉とポジションが重なる選手たちだ。
「まったく気にしていないんです、そこは。自分でもちょっとは気にするかなと思ったんですけど、いろいろなものを取っ払ったら、意外と気にしていない自分がいる。他人がどうこうではなく、自分がどうするか。これは自分との戦いなので。
後半戦はまたACLが始まるし、過密日程になるじゃないですか。8月、9月の連戦のときはメンバーを入れ替えながら戦わないといけなくなる。そのときをいいコンディションで迎えて、チームの力になりたいと思っています。そこまでは、自分との戦いですね」
ちなみに、小泉はドライアイなので、乾燥が酷いときには視野が狭くなりがちだ。逆に、大量の汗をかき、湿度も高い夏場は目が潤い、見える景色、入ってくる情報量が全然違うという。
つまり、小泉にとって真夏は、再起にふさわしい季節なのである。
(取材・文/飯尾篤史)