その表情も、口調も、落ち着いた雰囲気も、まるでいつもと変わらない。
だが、内に秘めた思いや闘志は確かに伝わってきた。アルヒラルとの決戦を目前に控え、35歳になったばかりの岩尾憲は心境をこんな言葉で表した。
「この舞台を経験できるのは、この年齢の自分にとって最初で最後。ラストチャンスだと思うので、そういった心構えで、悔いのない戦いをしたいと思います。
誰しもが立てるピッチではないですし、その権利を得ながら今、日本に残っているメンバーもいる。そこに立つ責任を感じながら、自分のサッカー人生を懸けて、結果を出せるかどうかにコミットしたいと思います」
チームとしての分析とは別に、岩尾はアルヒラルのゲームを何試合もチェックした。ピッチ外ではなるべくリラックスしようと思っていても、ついついアルヒラル戦のことを考えている自分がいるという。
「体は正直なもので、無意識のうちに意識しているんでしょうね。高ぶりは日に日に感じています」
アジア屈指の攻撃力を備える中東の雄に対して、浦和レッズはどう戦うべきか――。
押し込まれる展開が予想されるなか、司令塔である岩尾のゲームコントロールに依る部分は小さくない。
「カウンター合戦になると勝ち目はないと思います。自分たちの土俵で戦えたらいいですが、そうさせてもらえない可能性も十分あるなかで、ホームとアウェイの2試合あるところがポイントかなと。
180分間でどちらが勝っているかという戦いなので、自分たちらしさが出せなかったとしても、守備の部分でしっかりと一枚岩になって体を張って防ぐことも重要になってくる。難しい試合になることを前提にして、それでも勝ち点を取るためにどうしていくのか、という考え方が重要だと思っています」
冷静に分析しつつ、「確実に強い相手ですけど、勝ったほうが強いので」と言う岩尾に対し、たぎる思いをよりオープンに解放したのは、加入3年目の明本考浩だ。
決戦を間近に控えた心境について「すごく楽しみです。ワクワクしています」とストレートに語った。
「映像を見たときは『困ったな』と感じましたけど、今はそんな相手と戦えることが待ち遠しいですね」
先発するとすれば、左サイドバックだろうか。相手の右ウイングにはムサ マレガやミシャエル オリヴェイラといった相手の攻撃のキーマンとなる外国籍選手が入ることが予想される。
サイドの攻防で相手を上回れるかどうか――。
それがこのゲームの勝敗を分けるポイントになるかもしれないことを、明本は理解している。
「今回の試合はサイドを制圧しなければ勝てない。対人の強さは自分のストロングポイントなので、そのストロングがどれだけ通用するか。分析を頭に入れながら相手の攻撃を止めたいと思います。とにかくチームのために、身を粉にして闘いたいと思っています」
一方、次のゲームが決戦だということをあえて意識しないように過ごしている選手もいた。トップ下での起用が濃厚な小泉佳穂だ。
「実際にやってみないと分からないことが多いので、腹を括っているぶん、高揚感はそんなにないですね。映像も見ましたけど、リーグや相手が違えば戦い方も変わるので、比較のしようがないというか。
実感が湧くのは試合当日、スタジアム入りしてからだと思います。そういう意味では淡々と過ごしています。もちろん、優勝と準優勝では天と地ほどの差がありますが、そこを考えすぎちゃうと、自分の場合はロクなことがないので(苦笑)」
小泉が意識しているのは、いかに自分の持てるポテンシャルを発揮するか――。
そのスタンスはACL(AFCチャンピオンズリーグ)の決勝だろうと、J1リーグだろうと変わらない。
「自分の場合、調子が良ければどんな相手にも通用するし、調子が出ないとどんな相手でもうまくいかない。それはプレースタイルによるものだと思っていて。フィジカルで勝負する選手の場合、相手のほうがフィジカルで優位だったら難しくなるけれど、僕の場合はフィジカル勝負にさせないところで勝負しているので、普段と特に変わらない。
だから、基本的なところ、ボールを蹴る前にしっかり首を振れているか、体の向きを作れているか、いかに早い判断でプレーできるか。僕の場合、それがすべてだと思います」
つまり、小泉にとっての敵は自分自身ということだろう。それでも多少ワクワクしているのは、大舞台だからではなく、アルヒラルの強さに対する好奇心からだ。
「前回経験者のタクくん(岩波拓也)が、『すごく強いぞ』って脅してくるんです(苦笑)。SNSでも『19年のアルヒラルは本当に強かった』という投稿をけっこう見かけて。だから、どんなもんなんだっていうワクワク感はありますね」
変革期を迎え、戦術的に整理された戦いを披露する浦和レッズ。そんなチームを支える3人は、三者三様のスタンスで一大決戦に臨もうとしている。
(取材・文/飯尾篤史)
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