荻原拓也には大切にしてきた習慣がある。
サッカーノートだった。
「最初にサッカーノートを書いたのは、小学生のときでした。コーチから書くように言われて始めたんですけど、正直、続かなかった。
ジュニアユースのときも、やっぱりコーチに言われて、サッカーノートを書きました。そのときは提出して、コーチからのフィードバックを受けて、また自分が書いてという形式だったので、続くことは続きましたけど、正直、ずっと書かされている感じがありました」
サッカーノートは、自ら率先して取り組むものではなく、むしろ、しぶしぶ書くものだった。その認識を改めたのはいつだったのか。
「本気でプロを目指し始めた高校3年生のときです」
浦和レッズユースで過ごしていた当時、トップチームへの昇格を視野に入れ、真正面からサッカーだけでなく、自分自身を見つめ直した。
「そのときから、自分自身にもしっかりと向き合って、真剣にプレーや、考え、気持ちについてもサッカーノートに綴るようになりました。ユース時代も、どちらかと言えばうれしいことよりも、悔しいことばかりでした。だから、そのときどきの課題や心境を忘れないようにと、悔しくて思わず授業中にサッカーノートを書いていたことすらありました(苦笑)。懐かしいですね」
プロになることを目標に、再び書き始めたサッカーノートは、誰に見せるでもなく、自分のためだけにあったという。そうした姿勢や取り組みが、浦和レッズのトップチーム昇格につながり、プロへの扉を切り開いたのだろう。
「プロになってからもサッカーノートはずっと続けていて、今はDAZNで試合を振り返り、チームが渡してくれた映像でも試合を見返して、自分のプレーについて箇条書きにしたりして、それに対する自分の考えなどをまとめていました」
しかし、あるとき、そのサッカーノートを見返すと、気づいたことがあった。
「課題や欠点ばかりに目が向いてしまうので、自分に対して厳しくなりすぎてしまって、書く内容がネガティブになっていたというか。しかも、プレーのことよりも、メンタル面のことばかりを書くようになっていました。
文字で書き記すのは、自分の思考が整理される一方で、書いた言葉を強く意識しすぎてしまうところがある。それくらい、自分にとってサッカーノートって大事だし、力を持っていたんです」
プレーに対する課題ならまだしも、メンタルについては、わざわざ文字に書き起こさずとも、自分自身と対話を重ねて解決することができる。
そのことに気づいた荻原は、サッカーノートを閉じた。
「ここ数試合ですけど、サッカーノートを書くことをやめてみたんです。プレーについても、局面、局面を切り取って、あとから、『こうすればよかった』『こうするべきだった』と考えていてもキリがない。今の自分に何が必要かを考えたとき、自分の弱みを中和させるくらい、強烈に自分の強みを前面に出すことだった。
サッカーノートに課題ばかりを書いていると、それが力を持っているがゆえに意識しすぎて、足かせにすらなってしまう。メンタル面については、自分自身がよく分かっているし、整理もできていたので、わざわざ書く必要もないかなと」
YBCルヴァンカップ準々決勝第2戦で、63分にブライアン リンセンのゴールをアシストした結果も、自分自身を見つめ直した効果と言えるだろう。
「今までは、周りに自分が動かされていたというか、周りのタイミングに自分が合わせてプレーしていた。でも、最近は逆で、周りに合わせてもらうことも必要なのかなと思っています。
自分が主体的にプレーするようになってからは、京都戦も結果は引き分けでしたけど、プレー自体を楽しめています。だから、考えが整理され、プレーについてもやるべきことが分かったので、今はサッカーノートを書く必要がなくなったということなのかもしれないですね」
目指すは今季の公式戦で二桁アシストを記録することだ。
「現時点で3アシストですけど、ACL(AFCチャンピオンズリーグ)も始まりますし、まだまだ試合は続くので、目標を達成する可能性は十分にあると思っています」
その目標も、きっとサッカーノートには記されているのだろう。サッカーノートを書くことをやめた荻原だが、現状を打開する契機を与えてくれたのは、他でもないサッカーノートだった。
次にそのノートを開くとき、彼が何を書き込むのかが楽しみだ。
(取材・文/原田大輔)
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