FC東京戦の開始5分過ぎだった。
キャプテンの酒井宏樹が左肘を押さえて担架でピッチから運び出されていくと、不安と心配からか、5万人近くが詰めかけた埼玉スタジアムに不穏な空気が流れた。浦和レッズにとって、余人を持って代えがたい右サイドバックであることは間違いない。
ベンチも慌ただしく、急いでビブスを着ていた控えの荻原拓也にウォーミングアップを命じていた。ただ、当の本人はまったく焦っていなかった。心拍数を上げて準備を整えており、内心では「着替えるだけで行けますから」と思えるほど余裕があった。
途中出場で入ったポジションは、酒井の抜けた右サイドバック。本職は左サイドバックではあるものの、願ったり叶ったりの場所だった。6月24日、川崎フロンターレ戦でも74分から右サイドバックでプレーし、次の機会に胸を膨らませていたのだ。
「慣れないって? うーん、プレシーズンでも右サイドバックでプレーしましたし、練習でも時々、右に入ることはありました。やりたいポジションでもあったので。正直、右サイドの方がやりやすい瞬間があるんですよ。ビルドアップのときも中に入って、うまく逃げることができますから。もっと長い時間、プレーしたいですね」
川崎F戦は試合途中に足を痛め、思うように攻撃参加できなかったが、自信をのぞかせていた。それから2週間後。7月8日のFC東京戦試合では、随所に言葉どおりのプレーを披露。前半こそ守備面で後手に回ることはあったが、ボールを持ったときには違いを見せた。23分には右サイドからカットインし、スルーパスを狙う。
本格的にエンジンがかかったのは、ハーフタイムを終えてから。縦に突破し、右足でクロスを上げてチャンスをつくったかと思えば、自らゴールも狙う。
後半だけでチーム最多のシュート3本。84分には強烈な左足のミドルシュートをサイドネットの外側へ。90分には平野佑一とのワンツーでペナルティーエリア内に侵入し、得意の左足でゴールの枠を捉える。
アディショナルタイムにもロングレンジから無回転シュートを狙い、豪快に左足を振り抜いた。得点こそ生まれなかったが、可能性を感じせる攻撃だった。
「後半、シュートの感覚は良かったです。試合中に『これもできる、あれもできる』という感じでした。すごく楽しかった。ボールを持っても、右の方が余裕もあったし、引き出しが多かったと思います。もしかすると、右のほうが可能性あるかもなって(笑)」
最後は冗談交じりに話していたが、まんざらでもない。右サイドバックに入ると、間接視野が広くなり、周りの状況をより把握できるという。
「『利き目』は右なので。頭に情報が入ってきやすくて、実際の視力も右のほうがいいんですよ」
利き足、利き手と同じように眼にも『利き目』があるという。専門的には『優位眼』と呼ばれており、目の情報を優位に認識するもの。左利きで右サイドバックをこなすのは、明本考浩だけではない。今後は、新たなオプションになるかもしれない。
災い転じて福となすか。新境地を開いた生え抜きのレフティーが、レッズをさらに面白くする。
(取材・文/杉園昌之)