これまでとは明らかに違う。
3月24日、国立競技場のピッチに立つ日本代表の左サイドバックをじっと観察しながら、浦和レッズの明本考浩は頭の中で何度か今の自分に置き換えていた。
「この場面、僕ならこうしていたなって。自分がピッチに入ったときのイメージを膨らませて、試合を見ていました」
もはや遠い場所とは思っていない。2026年FIFAワールドカップに向けて、新しい日本代表の活動がスタートするなか、以前にも増して日の丸を意識するようになってきた。現実的な目標のひとつとして、はっきりと口にする。
「プロサッカー選手である以上、絶対に目指さないといけないところ。チャンスもあると思っています。ただ、所属するチームでもっと結果を出さなければ、その機会も巡ってきません」
レッズではリーグ開幕から5試合連続で左サイドバックとして先発出場。リカルド ロドリゲス前監督時代はユーティリティープレーヤーとして重用され、試合に応じて、センターフォワード、サイドハーフ、サイドバックとあらゆる場所からスタートしたが、マチェイ スコルジャ監督の起用法は一貫している。
後半途中から左サイドハーフに移ることはあるものの、基本は同じポジションでプレー。これは本人が自ら望んだことでもある。シーズン前、スコルジャ監督との面談で、ポジションの第1希望として伝えたのは左サイドバックだった。
「上を目指すことを考えれば、一番可能性があるのかなと思いました」
新たな決意からは、25歳の野心がひしひしと伝わってくる。
し烈なポジション争いは承知の上。むしろ、日頃から危機感を持って取り組めている環境に充実感を覚えている。
練習から年代別日本代表の経験を持つ荻原拓也、大畑歩夢らと切磋琢磨しており、1日たりとも気は抜けない。
「常に良いパフォーマンスを見せないと、すぐに立場は入れ替わると思っていますから。負けられないし、負けたくない。『自分が試合に出るんだ』という思いは強いです。チーム内の競争は刺激になっているし、僕にとってはプラスに働いています」
明治安田生命J1リーグ第5節のアルビレックス新潟戦(○2-1)では、今季初得点をマーク。混戦の中で浮き球に素早く反応し、お気に入りのジャンピングボレーで豪快にゴールネットを揺らした。
左サイドバックに定着してからも、ゴールへの意欲はずっと持ち続けている。ゲーム形式の練習で積極的にシュートを打ち、居残りでもフィニッシュの精度を向上させる努力は怠らない。
今、精力的に取り組んでいるのは、右サイドからのクロスボールに合わせる形だ。
「今季は『サイドバックからサイドバック』という型にこだわっているので。(酒井)宏樹くんとよく話をしているんです。練習では良いシーンをつくれていますから、近いうちに試合の中でも見せたいと思います。もしも、このパターンでゴールを決めることができれば、喜びもグッと増すでしょうね」
トレーニングではサイドバックに求められる守備力の強化にも力を注ぐ。持ち味である球際、競り合いといった対人の強さにはより磨きをかけている。同じポジションの酒井にも、1対1の重要性について説かれることがある。
『目の前の相手に負けなければいいんだ』
『サイドで負けなれば、試合に勝てる』
兄のように慕う先輩の言葉は、いつも単純明快。出場するほとんどの試合で右サイドを制圧しているキャプテンは、最高のお手本となっている。
日本代表の右サイドバックとして3大会連続でワールドカップに出場し、ドイツ、フランスのリーグでも活躍してきた対人能力は今も衰えを知らない。毎日一緒に練習するチームメイトだからこそ、肌で感じ取ることも多い。
「目には見えませんが、相手に与える『圧』がすごいんです。僕はゲーム形式の練習で宏樹くんとマッチアップしているので、それがよく分かります。Jリーグで対峙する相手はかなり嫌だと思いますよ。言葉で具体的に説明するのは難しいのですが……」
驚異的なパワーばかりに目を奪われてしまうが、守備スキルの高さも一級品だという。相手との間合い、距離の取り方、寄せるスピード、そのすべてを明本は参考にしている。特に予測力、判断のスピードには感服するばかり。
「僕は、宏樹君からもっといろんなことを吸収しないといけない。ボールを奪ったあとに出ていくスピードは誰よりも速いですし、見習うべき点を数え上げると切りがないです」
偉大な背中を追いかけているだけではない。ある基準のひとつにしている。
「レッズで宏樹君を超えていくサイドバックにならないと、日の丸は背負えないんだろうなって。僕も相手がたじろぐくらいの『圧』をかけられる選手にならないと。今季は『レッズの頼れる両サイド』と言われるようになりたいです」
J2の栃木SCからレッズに加入して3年目。シーズンを重ねるたびにクラブ愛は、深まってきた。今季、ホーム開幕の浦和駒場スタジアムで地鳴りのような『We are REDS!』コールを聞いたときには心が震え、ピッチの中で鳥肌が立った。会場全体に一体感が生まれ、ピッチ内の空気もガラリと変わった経験は忘れ難いものになっている。
「ファン・サポーターがあれだけの雰囲気をつくってくれるんですから、僕たちはどんなときも全力で戦わないといけない。浦和レッズのエンブレムを背負って、生半可な気持ちでプレーはできません。どの試合も簡単に勝ち点は取れませんが、僕は相手よりも走って、戦って、サイドで圧倒します。
正直、ファン・サポーターのみなさんのおかげで、能力を引き出してもらっている部分もあると思っています。その恩返しをするためには、タイトルを取るしかないと思っています。何かを成し遂げたいです」
チームを勝たせ続けた先には、目指している場所もきっとあるはずだ。
(取材・文/杉園昌之)
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