試合終了の笛が鳴るまで、パワーがみなぎり、エネルギーはあふれ出ている。
「高い強度を出し、フルで戦う感覚をつかんできました。昔は70分過ぎから足が攣ったりしたんですけどね」
連戦の最中、より存在感が増してきた荻原拓也の表情には充実感が漂う。
圧巻だったのは、9月24日のガンバ大阪戦(J1・28節)。59分から10人の戦いを強いられ、いつも以上に体力が消耗しているはずのアディショナルタイムだった。自陣でボールを奪うと、力強いドリブルでぐいぐいと敵陣までボールを運び、会場を沸かせた。
「2点リードの展開で普通は行かなくてもいいのかもしれない。でも、僕の感覚は違いました。体力的にまったくきつくなかったし、何より浦和に戻って来てから、ずっと見せたかったプレーでした。
やっぱり、あの時間帯、あの場面ではインターセプトを狙いたいんですよ。すべて読み通りで、パスカットしたあとはもう前しか見ていなかった。最後はファウルをもらう形になりましたが、ゴール前まで持ち運び、自分で決めるつもりでしたから」
力強い言葉には自信がにじむ。9月6日のG大阪戦から公式戦7試合連続で先発メンバーに名を連ね、6試合はフル出場。9月29日の横浜FC戦は前半に警告を受けて45分で途中交代したが、YBCルヴァンカップの準々決勝に始まり、J1リーグ、AFCチャンピオンズリーグ(ACL)と休みなく稼働している。
左右のサイドバックをこなし、今やチームには欠かせないひとりになってきた。
それでも、一度挫折を味わった23歳は初心を忘れることはない。個人用SNSを開くたびに、プロフィールの背景写真に写る19歳の自分を思い返している。
「あれは19年5月12日、アウェイで名古屋グランパスに負けて、試合後に悔しくて泣いてしまった1枚。その5日前にACLのブリーラム・ユナイテッド戦でシーズン初出場し、やっと巡ってきたリーグ戦の出場機会だったんです。
特別な試合ではなかったかもしれないけど、僕にとっては1試合1試合がすごく重くて。毎日、大原の練習で懸命に戦い、チャンスをつかみ取るのに必死だった。今でも当時の感情を忘れたくないし、忘れてはいけないと思っています」
もがき苦しんだプロ2年目。メンバーにもほとんど入れず、公式戦出場は8試合のみ。9月25日に行われた天皇杯のHonda FC戦では持ち場の左サイドから崩され、2失点目を献上。JFLのチームに足をすくわれて、4回戦で敗退した。
本人が「やらかした」と振り返る1戦以降、ベンチ入りしたのは1試合だけ。出場時間は1分ももらえなかった。常に勝利を義務付けられたレッズの洗礼だったのかもしれない。
そして、3年目に不退転の覚悟で決断を下す。期限付き移籍でアルビレックス新潟、京都サンガF.C.を渡り歩き、どれだけ全力で練習しても身につかない、貴重な試合経験を積んできたという。
「調子が悪いときも悪いなりにプレーできるかが大事。そこが評価につながるところです。新潟、京都でシーズンを通して戦い、ベースの部分は明らかに変わりました。今季、自分の出来が50点以下の試合はないと思っています。ただ、大きなインパクトを与える100点もない。もっとできると思っています」
アカデミー出身の生え抜きとして、大きな責任を伴うレッズでプレーする難しさもひしひしと感じてきた。
昨季までのパフォーマンスデータと比較すれば、まだ本来のポテンシャルを存分に発揮できている試合は少ない。
「京都でできたことを浦和でもそのままできるかと言えば、それは別問題。昨季までは思い切ってプレーするだけでしたが、浦和にはまた別の緊張感があります。同じ人間でもメンタリティが変われば、能力を十分に発揮できませんから」
嫌になるほど考え込む性格の荻原は、毎日のように自分と会話を続けている。己を知ることの重要性を再認識し、大きな期待が懸かるレッズで輝くための答えを見つけ出しつつある。
「マインドの持ち方を意識しています。勝負の世界ですから、負けて批判されることもあれば、自分の大きなミスが敗因になるかもしれない。腹をくくっています。正直、過去には試合中にミスを恐れてボールを受けたくないと思ったこともありました。でも、今は主体的にアクションを起こし、緊張感の中でサッカーを楽しんでいます」
メンタリティの変化は、パフォーマンスにも表れている。ACLグループステージ第1戦の武漢三鎮(中国)戦では、90分間、走り抜いたあとでもスタミナの余力が残っていた。無尽蔵という表現も、決して大げさではない。
「あと45分は走れたと思います。かつてない体の感覚で、自分でも『これはなんだろう?』と思いました。データを見ても、確実にコンディションは上がっているし、一つひとつのプレーの強度、出力の違いを感じています」
局面に応じたプレーは普段の練習から体に染み込ませ、無心の状態でピッチに入っている。試合中に一歩立ち止まって考えないのが理想。ルヴァンカップ準々決勝・第2戦では直感を信じてワンタッチで折り返し、ブライアン リンセンのゴールをお膳立てした。
「余計な思考が入ると、判断が一歩遅れてしまいますから」
土台にあるのは圧倒的な自信である。YBCルヴァンカップ準決勝の横浜F・マリノス戦へ向けても、胸を高鳴らせていた。相手はリーグ戦でも上位を争うライバル。決勝に駒を進めるだけの一戦とは捉えていない。
「マリノスを倒して、ルヴァンのタイトルを取ることの意味は大きいです。チームの士気はより一層上がり、自信にもつながります。勝ったほうがリーグ優勝争いにも食らいついていけると思っています」
シーズンは佳境を迎えているが、まだまだ過密日程は続く。2023年の残る公式戦はルヴァンカップ、J1リーグ、さらにはACL、FIFAクラブワールドカップと目白押し。
「すべての試合に出たい。最高のマインドで臨むことに集中します」
熱い気持ちを前面に出し、ハードワークするのは最低限。あえて口にするまでもないという。むしろ、自身のイメージに対して、複雑な感情を抱いている。
「昔の印象で『ガッツがある、気合が入っている』とよく言われるのですが、そういうプレーを売りにしているわけではない。その側面はありますが、今はそこに質も加わっています。ピッチに立つ上で、気持ちを見せるのは当たり前。僕は誰もが分かるようなアシスト、ゴールをマークし、チームを勝たせたい」
実りの秋、大きな進化は結果で証明するつもりだ。
(取材・文/杉園昌之)
外部リンク