今年の全仏オープン準決勝の2試合は、王者対決と “ネクスト・ジェン(次世代)”対決という、対照的なカードとなった。
王者決戦は、ノバク・ジョコビッチ対ラファエル・ナダル。
もう一つが、22歳のステファノス・チチパス(トップ写真左)対、24歳のアレクサンダー・ズベレフ。
次世代対決を制したチチパスは、決勝でもジョコビッチ相手にフルセットの死闘を演じた。
Final 4️⃣
— Roland-Garros (@rolandgarros) June 9, 2021
🇷🇸 Djokovic vs. Nadal 🇪🇸
🇩🇪 Zverev vs. Tsitsipas 🇬🇷#RolandGarros pic.twitter.com/0g2DWN6yDB
国籍はギリシャとドイツのチチパスとズベレフだが、二人に共通しているのは、いずれも旧ソ連出身で元テニス選手の母親を持つこと。ケガで今大会は欠場した、カナダのデニス・シャポバロフも同じ系譜の持ち主だ。
これが偶然でないことは、三十数年前の世界情勢に、本人たちの言葉を照らした時に明白になる。
当時のソビエト連邦の体制下では、いかに優秀な選手でも海外に出ることは困難だった。
選手として、自由に戦う場を得られなかった彼女たちは、やがてソ連が崩壊すると海外に散り、元選手の伴侶と共に、コーチとして生計を立てる。
そして息子が生まれた時、幼少期から英才教育をほどこした。
以前シャポバロフに、母親の指導理念を聞いた時、こんな答えが返ってきた。
「母の指導は、ものすごく厳格なんだ。コートに立てば、ふざけたり気を抜くことは許されず、練習の1球目から、集中するようにと言われてきた。ウォームアップの時ですら、いくつかの留意点を設け、それを常にチェックしていた」
驚いたことに、あるいは必然か、これとほぼ同じ理念を口にしたのが、チチパスの母である。
今年の全豪で、弟のペトロスとダブルスを組んだチチパス(奥のコート。黄色いシャツが兄)
80年代にソ連のエースとして国際大会を戦ってきた彼女は、『NYタイムズ』紙の取材に次のように答えている。
「息子のウォームアップが正しい段取りで行われないと、もうイライラしてしまう。私の国は、その手のことにとても厳格だったから」
また、彼ら旧ソ連系新世代の先輩格であるズベレフも、彼の最大の武器であるバックハンドは「100%、母の作品」だと言った。
母に叩き込まれた反復練習で基礎を築き、その上に、個々の感性を生かした独自の絵を描く。
そんな、時代の申し子とも言える新世代が、世代交代の扉に手を掛けた今年の全仏だった。
ステファノス・チチパス
1998年8月12日、アテネ出身。母方の祖父はサッカー選手というスポーツ一家に育つ。伯母の伴侶が日本人。
アレクサンダー・ズベレフ
1997年4月20日、ハンブルグ出身。両親ともにテニスコーチで、母のイリーナはソ連代表として国際大会を戦った。兄のミーシャもテニスプレーヤー。
デニス・シャポバロフ
1999年4月15日、母親がコーチ業のために滞在していたイスラエルで生まれる。母のテッサは現在のウクライナ出身。ソ連崩壊後プロツアーにも参戦。
【内田暁「それぞれのセンターコート」】