「おや」と思ったのは、約1年ぶりに見た彼女のプレーに、以前よりも仕掛けの早さを感じたからだ。
それも遮二無二攻めるのではなく、ここぞという時にタイミングを早める。
持ち味の高い身体能力とショットバリエーションも活かしつつ、気づけば相手にゲームを与えることなく試合は進んだ。
11月末に行われた、全日本学生テニス選手権大会の女子シングルス決勝。
筑波大学の阿部宏美は、同志社大学の伊藤日和を6-0 6-0で破り頂点に立った。
現在2年生の阿部は、高校時代から全国タイトルを掴んできた、いわばこの道のエリートだ。
高校3年時にはインターハイを制し、昨年は1年生ながら筑波大学を初の団体戦王座に導いた。
インカレ単決勝での阿部(手前)。フォアのスライスでの守備など、多彩なショット選択にセンスが光る
だが当の彼女は、周囲の高評価を拒絶する。
高校卒業後のプロ転向を勧めた声にも、「自分なんて絶対通用しない」と進学を選択。
「なんで勝てたか分からない」「目指すテニスが出来ていない」
それらの言葉が、試合後の常套句だ。
今大会のパーフェクト優勝後ですら、堂々たるプレーとは対象的なか細い声で、「優勝の実感や手応えがないです」と言う。
ただ、プレーの攻撃性について問うと、「練習でドライブボレーなど前に出る動きをやっていたし、フォアで打ち込むこともやってきた」と、前向きな言葉が続いた。
そして何より大きな変化が、「やっぱりプロになる気はないの?」と聞いた時の答え。
「そうですね……どうしようって感じです。プロになりたいという感じではないけれど、あと2年でテニスをやりきった、これで良いって思える段階まで行くかといったら、そうはなれない気もするし」
名声や結果ではなく、理想のテニスを追い求める、実に彼女らしい悩み。
この先、彼女のプレーと目標が、果たしてどう変わっていくのか?
その変化を、定点観測していきたいと思わせてくれる選手である。
阿部宏美(あべ・ひろみ)
2000年5月2日生まれ、愛知県出身。啓成高校3年生時にインターハイ単優勝。今年11月のインカレでは単複を制する。広いコートカバー能力と高い戦略性、パワーも兼備したオールラウンダー。
【内田暁「それぞれのセンターコート」】