「もう普通にトス上げてるんですね?」
そう問うと、「ちがいますよー、まだアイスクリームです」と、快活な声が返ってきた。
今年38歳を迎えた波形純理は、長いプロ生活の大半を“トス・イップス”と共に過ごしてきた選手だ。
「トスが上がらない……」
焦りが指先から全身を駆ける感覚に襲われたのは、2011年。世界ランキング自己最高の105位に達した直後だった。
「指が勝手に動いちゃうんですよ。トスを上げようとすると指に力が入って、変な方向にボールが飛んでいっちゃう」
今、勢いに乗っているところなのに、どうして?
悔しい問いを抱きながらも、トレーナーや大学時代の恩師など多くの関係者に相談し、様々な方法を試した。
2年以上の試行錯誤の末、「これなら、なんとか上がるかも」と到達したのが、前述した「アイスクリーム」方式だ。
これは、コーンにアイスクリームを乗せるように、握った左手の親指と人差し指の上にボールを乗せ、本人いわく「そのまま上に、ひょいっと上げる感じ」で行うトス。
6年の時を重ねスムーズになったそのフォームは、今では、傍目には不自然さを感じさせないほどだ。
今年10月末の全日本選手権での波形(手前)。自然なフォームでサーブを打っているように見えるが、実はトスを上げる左手は“アイスクリーム”
イップスの原因を考えた時、2011月2月にフェドカップ(女子国別対抗戦)日本代表に初選出された重圧だと、彼女はしばらく思っていた。
ただある時、「それは言い訳かもしれない」と気づく。
「あの時の私は調子が良く、もっと先に行くつもりでいたけれど、どこかで自分の可能性を疑ってもいた。だから周りのせいにして、自分で自分を止めてしまったんじゃないかって……」
イップス発症の2年後は200位台までランキングを落としたが、“アイスクリーム・トス”をつかみ、原因を自分の内に見つけた3年前には、ランキングも100位台に戻した。
再びグランドスラムの舞台へ――その想いは今も変わっていない。
波形純理(なみがた・じゅんり)
1982年7月5日生まれ、埼玉県出身。171cmの長身と柔軟性を生かした、スケール感あるストロークが武器。昨年はやや成績を落としたが、2年前にはグランドスラム予選にも出場。Mr.Childrenと読売ジャイアンツをこよなく愛する。
【内田暁「それぞれのセンターコート」】