「大会公式球の開発で難しいのは、正解が見えないこと」と、全豪オープン公式球を担当するダンロップの開発者は苦笑いした。
「選手が認めるボール」を作るのは、完成図の見えないジグソーパズルを作るようなものだ。
その白いキャンパスに、ヒントを書き込んでいくのが“企画”や“ツアープロ”の担当者たち。
企画担当者は、大会側の要望や他社のボールの評価などを集めていく。
元テニスコーチでもあるツアープロ担当者は、トッププロたちの言葉に耳を傾け、現場に赴き気候やコートの特性を肌身で感知する。
そうして収集したパーツで正解の輪郭を描き、実現を目指すのが、技術者の矜持だ。
「大きな大会は毎年コートを塗り替えるので、同じ会場でも状態が変わります。ですから、どんなコートになるかを見越しながら設計を変えるところもあります」と丹羽氏。
その状況も踏まえたうえで、「我々としては、コートが変わっても影響を受けにくい性能を追求しています」と、この道35年の職人は言葉に力を込めた。
“普遍的に良いボール”の指標となるのは、ニューボールに変更するまでの9ゲーム、打感が変わらないものだ。
ボールの消耗は激しいため、試合開始後の7ゲーム以降は、9ゲームごとにボールは新しいものに交換される。ちなみに動画は先の全豪OPでダブルスを戦うチチパス兄弟
テニスボールが他のそれと大きく異なるのは、空気を注入する穴がないことだろう。
これは、内圧の低下を極力抑えるための創意。半球状のゴムボールを接合し、その内部に入れた薬品で化学反応を起こして、発生した窒素で膨張させるのが伝統的な製法だ。
ただ近年では、薬品管理のコストなどから窒素製法は減少し、圧力を加えながらボールを接着させる方法が主流になりつつあるという。
今回の全豪オープン公式球で用いられたのも、この手法。
そのような時流のなか、ダンロップは昔ながらの製法も継続する、数少ない企業の一つだ。
化学反応を用いる手法は、少量ながら水も生まれ、ボール全体の重量が増す。そのため加圧式より、ゴムを薄くする必要がある。
どちらの製法が優れているという訳ではない。
ただ打感が異なるのは必至であり、同社は必要に応じ、より適した手法でボールを作成している。
ボール開発のプロセスは、情報収集から始まり、何千、何万回というテストを経てゴールを目指す。
完成までに掛かる時間はケースバイケースだが、新規の場合は企画立案から3年。既存の技術を応用したものでも、量産までは1年を要する。
長い月日をかけ心技体を磨いた選手が、快音響かせ打つボールにも、長く濃密な物語が詰まっている。
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