「それこそ、キャッチボールで会話するという感じのことが、テニスのラリーでもあると思います」
テニスの魅力とは何かと問うと、彼女は少し考え、そう答えた。
今季限りの引退を表明した、井上雅の言葉である。
ジュニア時代は世界の檜舞台で活躍するも、プロ転向後は、夢見たグランドスラムには届かなかった井上。
そんな彼女が真にテニスに魅入られたのは、プロになってからだという。
「ジュニアの頃は、そこまでテニスが好きではなかったけど、結果があったから続けられた。プロになってからは、自分の求める結果はそこまで出なくて。それでもやりたいって思えたのは、何かが変わったんだと思います」
その「何か」が何かを知る手がかりは、ファンとの交流にあるかもしれない。
引退を1か月半後に控えた9月23日の“テニスの日”に、井上は、地元に近い浜松市開催のレッスンイベントに出演した。
一般参加者を対象にしたレッスンイベントで、お手本として、鋭いショットを左右に打ち分ける井上
集ったテニス愛好家や、市のトップジュニアたちとボールを打ち、笑顔を交わし、助言を与える。
それら参加者たちの中には、見知った顔もたくさんあった。
「以前に浜松市のコートを借りて練習した時、同じ会場でレッスンを受けていた女の子と、少しボールを打ったことがあったんです。その子が今回、市の強化ジュニアとして参加していたんです」
井上を見て喜ぶ少女の笑顔に、井上の顔にも笑みが広がる。
また一般参加者の中にも、他のイベント等で幾度も会い、今回遠路から駆けつけてくれたファンもいた。
初めて会った時は、ラケットを握ったことも無かった参加者が、今では中~上級者に成長している。
自分を通じてテニスを知り、テニスを好きになってくれた人たちが居るのが何より嬉しい。
だから「引退してからも、テニスにはずっと携わっていきたい」と彼女は言った。
12年のプロキャリアの中で、井上が見つけた「何か」。
それは、テニスを介して知り合った、多くの人々との“つながり”だ。
井上雅(いのうえ・みやび)
1991年11月19日生まれ、愛知県名古屋市出身。低い軌道の鋭いショットを武器にジュニア時代から活躍し、ウィンブルドンJr.ではベスト4へ。高校卒業と同時にプロ転向。今年11月の全日本選手権を最後に引退を表明している。