「天心は世界チャンピオンになるのが当たり前。偉大なチャンピオンになれるのが目に浮かぶ」
4月10日、TV番組内で22年中にボクシングへの転向を表明した無敗のキックボクサー・那須川天心。彼のボクシングコーチを務める葛西裕一氏(GLOVES代表)は大きな期待を寄せる。
葛西氏はこれまで名門・帝拳ジムで西岡利晃、三浦隆司ら数々の世界王者を育ててきた。その面々と比べても十分な資質を持っていると言い切る。
天心との出会いは10年ほど前にさかのぼる。友人から「天才がいる、ぜひボクシングを教えてやってほしい」と頼まれ、帝拳ジムに招いたのがきっかけだ。
「『天才』って言われてたけど初めはどんなもんかと、半信半疑でした」
当時中学3年生の15歳。キックボクサーを志していた天心にとって、ボクシングはあくまでも練習の一環だったはずだ。しかし、葛西氏は動きを見て驚くことになる。
「これは本当に天才だと直感しました。まずは飲み込みの早さ。指導するとすぐ直して打ち込んでくる。教えたことをスポンジみたいに体に染み込ませるんですよ」
天性の反射神経と教えたことを再現する能力の高さ。感心した葛西氏はさらに試してみたくなった。
当時、帝拳ジム所属でライトフライ級世界ランカーだった筆者とのスパーリングだ。
「若い天才がいるけどやってみるか」と打診され、手を合わせた私も反応に驚いた。粗削りなよけ方だったが、距離の取り方が絶妙でパンチが当たらなかったのだ。「物凄い選手が出てきた」と感じたのを今でも覚えている。
「15才の若者がひと回りも年上の世界ランカーのパンチをひょいひょい避けていた。予想を上回る出来でした」と葛西氏は述懐する。
以後、稀有な才能に魅かれた葛西氏は天心に定期的にボクシングのコーチをしているのだ。
世界王者は当たり前、の根拠
「既に世界レベル」と葛西氏が評価するのが右ジャブだ。
左手を引き、右手を前に出す構えのサウスポーである天心は、本来であれば右ジャブが打ちづらい。対戦相手に右構えの選手が多く、相手の左手がぶつかりやすいためだ。
しかし、彼は多彩な軌道や、足を使った間合いへの入り方を持ち、右ジャブを起点に攻撃が組み立てやすい。これだけ多彩なジャブで相手を翻弄出来るのは驚異的。ましてや彼は現在、キック主体のキックボクシング選手だ。
▲多彩な右ジャブで試合のペースを握る(「RISE公式チャンネル」より)
「真面目で素直だけど、ちゃんと聞き分けていて自分で判断もできる。しかも、教えた小技を試合で必ず入れてくれて無駄にしない。トレーナー冥利に尽きるね」
教えてもらった技のすべてを、真剣勝負の試合で試すなど聞いた事がない。並のファイターならそこまで余裕はないだろう。
15歳の時点で名トレーナーを感心させた反射神経と、卓越した試合での落ち着き。葛西氏はこれだけでも「西岡利晃に匹敵する才能」と世界王座7度防衛のレジェンドを挙げ、「必ず世界を獲る」と断言した。
「早くボクシングに来てほしかった。世界で活躍する井上尚弥選手と日本人で唯一戦える存在でしょう。時代を作るボクサーになってほしい」
自らも選手として世界戦を経験し、トレーナーとしてラスベガスや海外の大舞台に立ってきた葛西氏にここまで言わせるとは思わなかった。
天心はキックボクシング最後の一年で大舞台を経験し、さらに成長してボクシング界に来ることだろう。
来年の転向が本当に待ち遠しい。
葛西裕一(かさい・ゆういち)
神奈川県横浜市瀬谷区出身、51歳、元日本&東洋太平洋ジュニアフェザー級王者。現役引退後は帝拳ジムトレーナーとして後進の指導に当たりながら西岡利晃、三浦隆司、五十嵐俊幸、下田昭文を世界王者にしている。2017年には東京都世田谷区にボクシング・フィットネスジム「GLOVES」を立ち上げる。
那須川天心(なすかわ・てんしん)
千葉県松戸市出身、22歳、TARGET/Cygames所属、RISE2階級制覇王者。ISKA世界2階級制覇王者。戦績は39戦39勝(28KO)。神童、キックボクシング史上最高の天才などと称される。4月10日TV番組出演時にボクシング転向を発表した。
【木村悠「チャンピオンの視点」】