いつでも、どこでも真摯に耳を傾ける。スコアレスドローとなった7月8日のFC東京後もそうだった。不完全燃焼に終わったレッズの大久保智明は、チームメイトの岩尾憲から助言を受けた。
「トモ(大久保)が良くないときは、チェックの動き(マークを外す動き)が少ないよ。悪いときは突っ立っている」
池田伸康コーチからはカットインに偏ってしまったドリブルについて、指摘された。
「もっと縦への仕掛けを見せないとダメだよ」
どれもこれも耳の痛い意見である。それでも、相手に嫌な顔ひとつ見せず、現実をしっかり受け止めて反省する。大卒3年目の24歳は、コミュニケーションの取り方を大事にしながら成長してきたという。
「アドバイスしてくれる相手に対し、第一声で『いや』『でも』という言葉を返すことは避けるようにしています。そういう人って、損をするのかなって。周りも意見を言いにくくなりますし、だんだん何も言われなくなりますから。それって、もったいないことですよね」
向上心あふれる大久保にとって、プライドは余計なものでしかない。それよりも、謙虚に少しでも多くのことを吸収するようにしている。否定から入らない『聴く姿勢』は、プロ1年目に学んだことだ。
「レッズの先輩たちの影響は大きいです。阿部勇樹さん、槙野智章さん(ともに引退)、宇賀神友弥さん(現FC岐阜)、そして興梠慎三さん、西川周作さんたちはいつも心に余裕があり、10歳以上、年下である後輩の意見も聞いてくれる懐の深さがありました。
チームの結果が出てないときも自分たちはぶれずに僕の声を尊重してくれ、『やりたいようにやっていいよ』と前向きに声をかけてくれました。あらためて、考えました。自分は中央大時代の最上級生のときには、そんな風に後輩に振る舞えなかったなって。あのとき、僕は変わらないといけないと思ったんです」
そして、主力になった今も他者の意見を聞き入れる姿勢は変わっていない。
5月14日、ガンバ大阪戦で決めた今季のリーグ戦初ゴールは、まさに池田コーチの言葉を体現したものだった。
「ダイレクトでシュートを打てるようにゴール前に入って行ったほうがいいよ」とアドバイスを受け、イメージどおりにペナルティーエリア内へ走り込み、勢いそのまま得意の左足で流し込んだ。
6月7日の天皇杯2回戦・関西大学戦前にもじっくり話し込んだ。池田コーチからは調子が良いときと悪いときの差を具体的に指導された。
「『(ドリブルを仕掛ける前の)ボールの置きどころが全然違うよ。良いときは縦に突破できるようなところにボールを置いている』と。簡単に言えば、スピードに乗りやすい場所ってことですかね」
ボールの位置をわずか数センチずらすだけでドリブルのフィーリングが良くなり、パフォーマンスは向上。直後の横浜FC戦、川崎フロンターレ戦ではキレが戻り、チャンスを作る回数も増えた。
コーチ、先輩たちには意見を求めるが、黙って首を縦に振っているだけではない。ときには意見を交換し、答えをすり合わせることもある。
「僕だって、自分で認めたくないこともあります。でも、そこで聞く耳を持たないと、悪いほうに勘違いすることもあるのかなって。『主観』と『客観』で多少のズレが生じることは、あると思うので。個人的に良い感覚でプレーしていても、他人から見ると違うこともあります。だから、試合前も、ハームタイムも、試合後も確認するようにしているんです」
一時期はインターネットで自らの名前を検索し、顔の見えない誰かの声まで気にしていた。
もちろん、好意的なファン・サポーターからの応援や励ましもあるが、ネガティブな書き込みを目にすることもある。たとえ、批判的なコメントを読んでも、プラスのエネルギーに変えるつもりでいたのだ。
ただ、あるとき、あまりにも他者の声を気にする自分がいることに気付いたという。
「なんか、それも小さい人間だなと思って、1カ月前くらいに『エゴサーチ』(自分自身をネットで検索すること)はもうやめました。つい先日、練習前にクラブハウスのお風呂に入っているときに、憲くんとも話したんです。僕らは『優勝したい』と言っているのに、一部では『優勝できない』と言う人もいるけど、そんな声は別に気にしなくていいよねって。
柴戸海くんは『夢を妨害する人たちのことを“ドリームキラー”と言うらしいよ』と話してくれて、周りを気にしすぎるのも良くないなと思い直しました」
聞くべき意見は受け入れ、不必要と判断したものは受け流す。良い意味での『鈍感力』を持つように心がけている。自分の果たすべき役割は、自身が一番分かる。
ビルドアップ、右サイドバックの酒井宏樹との連係、チャンスメークには手応えを得ているが、まだまだ物足りない。全20試合中18試合に先発出場し、1得点・2アシスト(20節時点)。
「ほかのチームのアタッカーを見ても、4ゴール、3アシストくらいの成績は残しています。僕の場合、圧倒的に数字が足りません。やっぱり、ゼロからチャンスを作るのが最も怖い存在。ギリギリの試合で、ゴールを決め切れる選手になりたい。そこで勝ち点を持ってくることができれば、チームも上へ行けると思っています」
シーズン中盤を迎え、自らゴールを狙う回数は増えてきた。バイタルエリアでパスを受けるときは、シュートを打つためのトラップを意識。ボールが来る前からゴールマウスの位置を確認しており、今もトライを続けている。まだシュートブロックされることもあるが、決して感触は悪くない。
「だいぶ、良くなっている感じはあります」
自信のみなぎる言葉には、殻を破る予感が漂う。
すっかり吹っ切れた男は、熱い浦和の光景に思いを馳せる。AFCチャンピオンズリーグ優勝に沸いた日のことを今でもはっきりと覚えている。夜が更けても道中にレッズのファン・サポーターの人たちでごった返し、明け方のタクシー乗り場には赤いユニフォームの列が出来ていた。日本でここまでフットボール一色に染まる地域を見たことがなかった。
「リーグ優勝して、またあの街の雰囲気を味わいたい」
聴く力に長けたドリブラーは、歓喜であふれる街の声を聞くために夏からゴールとアシストを積み重ねていくつもりだ。
(取材・文/杉園昌之)
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