サッカーの魅力は、ゴールシーンに詰まっている。
ひとつのボールを、フィールドプレーヤーが足を使って奪い合うサッカーは、ボールゲームの中でも得点が入りにくい競技だ。
だからこそ、ゴールの瞬間に熱狂が生まれる。
MVPに輝く選手の多くが、ゴールを決めるFWか、ゴールを演出するMFとなるのも自然の流れだろう。
しかし、そんな常識を覆した選手がいる。
昨年6月に浦和レッズに加入したデンマーク人DF、アレクサンダー ショルツである。
デンマーク1部のFCミッティランでプレーしていた2020-21シーズン、ショルツは選手投票によってリーグMVPに選出された。全体の23%の票を獲得し、リーグで活躍した若きストライカーたちを抑えて1位となったのだ。
UEFAチャンピオンズリーグにも出場したショルツが2020-21シーズンに残した成績は、公式戦45試合出場10得点。それゆえ、来日が決まった当初は、攻撃力が魅力の選手かと思われていた。
かつてレッズに所属し、DFでありながらゴールを連発して2006年のリーグMVPに選ばれた田中マルクス闘莉王のように――。
ところが、実際のショルツは違った。
ドリブルで持ち運び、攻撃の起点となるものの、リスク覚悟でゴール前まで駆け上がるわけではなく、決して派手なプレーを好む選手ではない。
ショルツ自身が強みとして真っ先に挙げたのは、安定感だ。
「私はチームに安定感をもたらして貢献することを大事にしています。視野を広く持ち、ゲームの流れを読み、周りの選手がやりやすいようにプレーすることが得意です。若い頃から心がけているのはミスをしないこと。シンプルにプレーし、周りに安心感を与えて、自分を信じてもらうことをモットーにしています」
1対1の対応に優れ、インターセプトがうまく、カバーリングも的確で、空中戦にも強い。 総合力が極めて高く、オールラウンドな能力の持ち主と言える。
自身も大事にしている安定感の源となっているのが、準備であり、予測だ。
試合前には映像を見て、対戦する相手FWの特徴をしっかりと把握する。もちろん、実際の試合でも細心の注意を払って、相手FWと対峙している。
ショルツのプレーをつぶさに見ると、マークするFWの前に入ったり、後ろに回ったりと、絶えずポジションを取り直していることがわかるだろう。
「まず確認するのは、相手のストライカーが速いかどうか。基本的に私はスピードのある選手ではないので、相手が速い選手の場合、どのように対応すればいいのかを考えます。さらに、ストロングポイントは何か、弱点はどこかということを観察しながら分析して、試合中にアダプトするようにしています。前に踏み込んだり、後ろに回ったりということに関しては、相手にファーストタッチをさせないように、というマインドゲームを繰り広げています」
そうした駆け引きにおける具体例として、ショルツはふたりの選手の名前を挙げた。
「昨年までチームメイトだった(興梠)慎三は、最初のタッチでいいところにボールを運ぶのがうまく、そうされると、主導権を握られてしまう。セレッソ(大阪)にいた大久保(嘉人)もそう。彼もファーストタッチで局面を変えられる選手でした。そういう選手に対しては、タックルに行ったり、体をぶつけたりして、ボールに触らせないようにプレーします」
自分と相手ストライカーの"小さな世界"での戦いが、試合の行方を決定づける。そのことを、ショルツはよく理解している。
「彼らとのバトルや駆け引きこそ、私にとってのサッカーの醍醐味なんです」
もっとも、だからといって、開始早々にファウルまがいのタックルを見舞って主導権を握ろうとしたり、ましてや相手を挑発したりすることはない。そうした行為はショルツの美学に反するものだ。
「私はそこまでハードに突っかかっていく選手ではありません。カードの数も少ないし、タックルの回数も少ないはずです。FWというのはエモーショナルな生き物なので、封じ込めて仕事をさせなければ自滅するというか、だんだん乱れていくものです。そこの我慢比べにもやりがいを感じます」
守備における理想のプレーは、インターセプトだという。しかし、それ以上に理想的なのは……。
「守備の機会がないことですよね。自分たちがボールを保持してゲームをコントロールできていれば、相手のストライカーが仕事をする機会は訪れません。相手チームが我々の陣地に入ってこないようにプレーすることが、一番の理想だと思います」
ビルドアップに優れ、ボールを持ち運ぶショルツの攻撃における貢献は、裏を返せば、最高の守備プレーとも言えるのだ。
ボールを保持している限り、失点することはない――。
まさに、ヨハン クライフと同じ考えというわけだ。
「自分とクライフの考えが似ているということは、これまで意識していませんでした(笑)。そもそも、先ほどの答えも、理想のプレーについて質問されたから自然と出てきたものなんです」
だが、潜在的にそうした意識があることは、クリアシーンにも見てとれる。ショルツはボールをクリアするとき、なるべく味方へのパスになるように心がけているのだ。
「クリアする前に味方の場所を確認しておいたり、ボールをスラしてGKにキャッチさせることも考えています。センターバックとしてのプレーにはルール、セオリーがあるので、それを守りながら、自分の色も出しながら、という部分にフォーカスしています」
日本に来て10か月が経つ。その間、自身の技術がどれだけ伸びたのかはわからないが、サッカー観の変化は感じている。
「ヨーロッパは良くも悪くも個人、個人でサッカーをやっている部分がありました。日本のほうが、より組織で戦う傾向が強いので、日本のやり方にアダプトするように努力しています」
その点、パートナーを組む岩波拓也とのコンビネーションには手応えを感じている。ともにチャレンジ&カバーのどちらでもこなせるタイプなので、守備におけるビジョンが共通しているのだ。
「タクとは常にコミュニケーションをとっています。私たちはいいコンビだと思いますよ。そして面白いのは、攻撃面では異なる特徴を持っていることです。タクはボールを蹴るパワーや精度の高いロングキックを持っていて、私はドリブルで運んでいくタイプ。そこを突き詰めていけば、チームにとって武器になると思います」
来日して半年が経った昨シーズン終了後、ショルツはこんなことを話していた。
「コンディションは半分くらいでした。もっとコンディションが上がれば、さらにパフォーマンスは上がると思います」
コンディションがベストには程遠いなかで、あれだけのパフォーマンスを繰り出していたことに驚くしかない。
今季はプレシーズンのキャンプから参加し、しっかり体を作ってきた。「コンディションは非常にいい」と言うだけに、より研ぎ澄まされたプレーを披露してくれることだろう。
デンマークリーグMVPの肩書きはダテではない。
ショルツvs相手ストライカーの小さな世界の攻防と、センターバックというポジションの奥深さを、ぜひスタジアムで楽しんでもらいたい。
(取材・文/飯尾篤史)