髪を後ろで結う大きくて逞しい男は、フード配達サービスであらゆる日本食に舌鼓を打ち、浦和の名物うなぎには感動すら覚えている。
「うなぎの焼き方には、2つのスタイルがあるんですよね? 白焼きと蒲焼きでしたっけ? 私は蒲焼きが大好きになりました。日本はすべてのものが信じられないくらいおいしい。アンビリーバブルです」
コロナ禍のなかで行動が制限されているものの、来日から1カ月、大きなストレスは抱えていない。
むしろ、驚くほど早く日本に順応し、スムーズにフィットしている。
今夏、母国デンマークのFCミッティランから浦和レッズに途中加入したアレクサンダー ショルツは、チーム合流からわずか6日後にリーグ戦デビュー。
8月14日のサガン鳥栖戦で終了間際から途中出場して雰囲気をつかみ、中4日で迎えた天皇杯の京都サンガF.C.戦では89分から守備固めの役割をきっちりこなした。
肩慣らしを終えたあとの働きぶりは周知の通り。8月21日の徳島ヴォルティス戦からはリーグ戦4試合連続で先発出場し、いずれもクリーンシートを達成している。
無失点はセンターバック一筋でキャリアを歩んできたショルツが、最もこだわるところだ。
「相手にボールを保持されて苦戦したりもしましたが、DFとして気持ちのよい試合が続いています。失点ゼロに抑えているのはゴールマウスを守る西川周作の力も多分にあると思いますが、ボックス内の守備力は向上しています」
センターバックでコンビを組む岩波拓也、槙野智章とコミュニケーションを取りつつ、高いラインを保ってコントロール。周囲との連係も良く、サイドバックが攻め上がったスペースを的確にカバー。リカルド ロドリゲス監督から求められる緻密な組織プレーには柔軟に対応している。
レッズの試合映像を見て、ずっとイメージトレーニングをしてきたのだ。
レッズと契約を結んだのは5月31日。コロナ禍の影響で入国が遅れたものの、母国で来るべき日に備えて準備してきた。リカルド ロドリゲス監督が求める守り方、ボールの動かし方など、さまざまな角度からチェックした。
「時間的に余裕があったので、しっかり勉強しました。入国後もクラブのサポートがあり、うまくコンディションを調整できたと思います。チームにもすっと馴染めました。同胞であるキャスパー ユンカーの助けもありましたし、何よりも日本人選手たちがみんなオープンで温かく迎え入れてくれたことは大きかったです」
試合中、自らのクリアミスでピンチを招き、メンタルが乱れそうなときだった。周囲からポジティブな声を掛けられたときには心底驚いた。
10年以上ヨーロッパでプレーし、今年10月で29歳を迎えるが、いままで経験したことがなかった。
「普通ならチームメートから厳しく叱責される場面です。それなのに『いいよ、ナイスクリア、良かったよ』と言ってもらえて……。信じられない気持ちでした。みんなのおかげで、私はより前向きにプレーできました」
探り探りの時期はセーフティーな守備を心がけていたが、周りのサポートにも後押しされて、徐々に持ち味を発揮できるようになってきた。
予測を生かしたインターセプトもそのひとつ。さほどスピードがないことを自認しており、相手よりも一歩でも二歩でも先読みすることに心を砕く。
攻撃を止めるだけではない。奪ったボールを味方につなげ、常にチャンスをつくり出すイメージを持っている。
理想とするセンターバックは、ドイツ代表のマッツ・フンメルス(ドルトムント)。
9月11日の横浜FC戦では、その潜在能力を垣間見せた。最終ラインの中央から関根貴大に鋭いスルーパスを供給。わずかに呼吸が合わなかったものの、大きな可能性を感じさせた。
「もう少しパスのクオリティが高ければ、直接ゴールにつながったと思います。前線にボールを供給できるところは私の特徴。まだ本来の力を100%出せていません。
もっとアタッキングサードにボールを運び、ゴールに直結するパスを出していきたいです。これまでは暑さで体力が削れてしまうことも多かったので、涼しくなってくれば、変わってくる部分もあると思います」
無論、簡単ではないことも理解している。Jリーグは想像以上にレベルが高く、センターバックにも相手FWが執拗にプレスを掛けに来る。
敵陣にボールを運んでも、守備陣の集中力は高く、穴は容易に見つからないという。
「判断が少しでも遅れると、パスコースは消えてしまいます。Jリーグのスピードに順応し、私自身もっとレベルアップしないといけないと思っています。私はフィジカルが重視されるデンマーク、ベルギーでも順応することで成長し、自分のスタイルを構築してきました。Jリーグでも同じです」
冷静な現状分析には謙虚な一面がにじむ。
昨季は欧州最高峰のUEFAチャンピオンズリーグに出場し、デンマークリーグでは年間MVPに輝いた。
キャリアを振り返れば、ベルギーリーグでも約6年に渡って活躍。それでも、おごった姿勢はまったく見えない。
真摯にサッカーと向き合い続ける姿勢は、プロサッカー選手としてプレーした父ケントの影響を色濃く受けている。
派手な実績はないが、国内で一歩ずつキャリアを重ね、ステップアップして行った生き様には尊敬の念を抱く。
幼い頃に連れて行ってもらった練習場での光景も忘れることはできない。懸命にトレーニングに取り組む姿をずっと見てきたのだ。
アレクサンダーほどの上背はなかったが、スピードを生かして守るセンターバックだった。プレースタイルは違うが、受け継いだものは多い。
「真面目で物静かなところは、父譲りだと思います」
いまでも父とは頻繁に連絡を取り、コミュニケーションを取っている。サッカーを見る目はいつも厳しく、褒められた記憶はない。
ただ、ショルツは知っている。時として言葉は必要ない。
「私がいいパフォーマンスを見せたときは、あえて何も言ってこないんです。それが父のスタイル。改善すべき点があるときだけ、言葉をかけてきます。試合後、父が無言であれば、それで私は納得します」
Jリーグでの勇姿はまだ直接、見せたことはない。すぐにでも招待したい思いはあるが、いまはコロナ禍が落ち着くのをじっと待っている。
遠く離れた国から見守る父に、強いレッズを見せるため、これまで以上に勝利に貢献していくつもりだ。
そして、目の前に迫る一戦に胸を高鳴らせていた。9月18日のセレッソ大阪戦は来日後、初めて埼玉スタジアムでの開催試合となる。
「浦和駒場スタジアムも好きですが、レッズがいつも戦うホームは埼スタです。キャスパーからも『あそこでゴールを決めるのは最高だ』と聞いていますし、すごく楽しみにしています。自分がどのようなプレーを見せるかよりも、私が望むのはチームの結果のみ。ただ、勝ちたい。それだけです」
謙虚で実直なデンマーク人は5試合連続無失点を誓い、静かに闘志を燃やしている。
(取材/文・杉園昌之)