アウェイで2試合連続のシャットアウト。今季、リーグ戦では5つ目のクリーンシートである。サンガスタジアムから勝ち点3を持ち帰った西川周作は、安堵の表情を浮かべていた。
「ゼロに抑えれば、まず試合に負けることはありません。あまり意識しないようにしていましたが、昨季は同じ会場で(京都)サンガ(F.C.)に負けて、開幕から4試合白星から見放されたので、絶対に勝って帰りたいと思っていたんです」
先制ゴールを挙げて、J1通算得点を「166」に伸ばした興梠慎三の歴代2位となる記録が注目されるなか、西川もまたひとつ偉大な数字を積み上げていた。
歴代1位となるJ1通算無失点試合数を「177」に更新。昨年7月に曽ヶ端準(引退)の169試合を超えてからはひとり旅を続けている。得点記録ほどクローズアップされることは少ないが、GKにとっては勲章と言っていい。
「ゴールキーパーの価値を高めるうえでは発信していきたいと思いますが、無失点試合数は僕ひとりの力で重ねてきたものではないです。一緒に戦ってきたメンバーとともに掴んだ財産であり、思い出。これからも記録を伸ばし、『200』は超えていきたいと思っています」
レコードホルダーは数字に執着するわけでもないが、無関心でもない。
浦和レッズのゴールマウスに立ち続けて、10年目。リーグ戦で欠場したのは9試合のみ。5月27日の京都戦でフル出場を果たし、レッズ通算の試合数は槙野智章の「313」を超えて、単独歴代5位の「314」に。さらに5月31日のサンフレッチェ広島戦で「315」へ。昨季限りで現役を退いた功労者からは「超えるべき選手に超えてもらいたい」とエールをもらい、しっかりと期待に応えてみせた。
「記録のことは知っていました。プロキャリアの半分以上は浦和で過ごしていますし、思い入れもあります。レッズで一緒に戦ってきた仲間の試合数を超えることができたのは、嬉しいですね。
健康で大きなケガもなく、ピッチに立てているのはトレーナーさんほか、チームスタッフのおかげ。感謝の気持ちを忘れずにこれからもプレーしていきたい」
自己管理は徹底している。集中力の低下と筋肉系のケガを予防するために、昔から意識しているのは水分量の確保。練習中にペットボルトを持ち歩き、こまめに補給する。
尿検査での数値はチェックしながら、常に最良の状態を保っている。地味なメンテナンスかもしれないが、継続することが大事だという。
リカバリーケアにも最善を尽くす。練習後、太ももに加圧バンドを巻いてジョギングをこなすのはルーティン。大分トリニータ時代に左膝の負傷で長期離脱したときに、妻からの助言で始めた加圧トレーニングは今でも続ける。
ただ、体を張ってゴールを守っていると、ケガを負うこともある。レッズでも一時期はジャンプするのも辛かったが、痛みに耐えながら戦っていた。
「ケガをケガにしないことは、阿部ちゃん(阿部勇樹)から教わりました。あの人は鉄人でしたから。現役時代はいつも平静を装っていましたが、決して万全だったわけではありません。それでも、けろっとした顔でピッチに立ち、全力を尽くしていました。
あの姿を見れば、多少痛みがあってもプレーできるんだ、と思えますよ。試合が始まり、ファン・サポーターの声援を聞けば、アドレナリンも出ますし。これがプロ魂なのかなって」
レッズで歴代3位の376試合(浦和のみ)に出場した阿部は、誰よりも早くクラブハウスに来て準備を整え、練習が終われば、入念にリカバリーケアをしていた。西川はしみじみと話す。
「僕は阿部ちゃんの取り組む姿勢を見ているので。長く活躍する選手には、それなりの理由が絶対にあるんです。僕もそうありたい」
レッズに引き継がれるスピリッツなのかもしれない。ストイックに練習に打ち込む西川の姿は、後輩の鈴木彩艶が見ている。ベンチから背番号1を追う20歳のGKは、レッズのゴールマウスを守り続ける先輩に尊敬の念を抱く。
「僕が小学校6年生の頃から周作さんは、ずっと試合に出ていますから。レッズだけでこの試合数はすごい。それだけパフォーマンスを維持しているということです。周作さんを見て、あらためて思います。『練習は嘘をつかないんだな』って」
西川は後輩の言葉を伝え聞くと、静かに頷いていた。
レッズでのキャリアを振り返れば、GKコーチたちの顔がすぐに浮かんでくる。加入当時からの付き合いである土田尚史GKコーチ(現スポーツダイレクター)には、感謝しかない。
2017年の苦しいシーズンに支えてくれ、試合を楽しむことを教えられた。
2019年からは日本代表でも一緒だった浜野征哉GKコーチ(現U-22日本代表GKコーチ)の指導を受けて、技術面でより成長した。プレジャンプを見直し、足の運びがスムーズになったこともそのひとつ。2021年には3年4カ月ぶりに日本代表復帰も果たした。
そして、2022年に就任したジョアン ミレッGKコーチのもとでは「今までのやり方は一度リセットしてほしい」と言われ、GKの原理原則を一から学び直している。
「僕自身も何かを変えないといけないと考えていた時期でした。このままいくと、正GKは彩艶になるかもしれないなって」
危機感はひしひしと感じているが、周囲の評価は気にしていない。『西川よりも彩艶だろ』という声も耳にしても、矢印は自分に向けてきた。年齢を重ねてきたからこそ、意識することがある。
「頑固になるのは良くない。妻にもよく言われるんです。何歳になっても、素直な気持ちで助言を聞き入れたほうがいいよと。吸収したい、学びたいと思えば、人は何歳からでも変われますし、成長もできます」
今季の安定したパフォーマンスこそが、まさにその証明だろう。毎試合のようにビッグセーブを連発し、ピンチを救い続けている。
リーグ戦14試合で許したのは12ゴールのみ。J1最少失点のヴィッセル神戸に次ぐ数字である。
ジョアン ミレッGKコーチの教えを忠実に守り、たとえミスをしても、好守を披露しても、1秒後には気持ちを切り替える。試合中の精神状態は「無」だという。U-22日本代表の鈴木も「周作さんはスキを見せない」と途切れない集中力に感服していた。
守護神の目指すべき場所は、昔も今も変わらない。日本代表への返り咲きを狙っており、「その気持ちがなくなれば、辞めるとき」と静かに笑う。
どん欲な36歳の野心は尽きない。レッズで獲得してきた主要タイトルは5つ。AFCチャンピオンズリーグ2回、天皇杯2回、YBCルヴァンカップ1回。レジェンドの鈴木啓太らと並び、クラブ歴代最多のタイトル数を誇る。
「ファン・サポーターが待ち望んでいるリーグ優勝を加えて、その記録も更新したいです」
白い歯をのぞかせ、にっこりと笑う表情には自信がにじんでいた。
(取材・文/杉園昌之)