ちょっとした異変は、リーグ戦4連勝が懸かる3月31日の柏レイソル戦前のミーティングで起こった。
マチェイ スコルジャ監督がスターティングメンバーを発表する際、通常であればGKの西川周作から順に告げられていくが、この日は鈴木彩艶の名前から始まったのだ。
「びっくりしましたね」と西川がいつもの笑顔を覗かせる。
「監督が『今日はサブのメンバーから発表していく』と言ったんです。『なぜなら、この試合は、サブの選手たちが一番重要だからだ』と。そうしたら、実際に途中から入った(安居)海渡やアレックス(シャルク)が活躍したじゃないですか。あれは痺れましたねえ」
明治安田生命J1リーグ第7節を終え、浦和レッズは4勝1分2敗の6位にいる。
開幕2連敗を喫したものの、第3節のセレッソ大阪戦から第6節の柏戦まで4連勝を飾り、首位・ヴィッセル神戸との勝ち点差は3。好位置につけていると言っていいだろう。
好調の要因としてチーム最古参の西川が真っ先に挙げたのは、サブ組の働きだった。マチェイ監督は4月29日のAFCチャンピオンズリーグ2022の決勝戦まで、メンバーを大きく変えないことを明言しているが、それでもサブ組がモチベーションを下げることはないという。
「チームの雰囲気が今、すごく良いんですよ。特にスタメンで出られていない選手たちの貢献が大きくて。試合に出ている選手も出ていない選手も、みんなが同じ方向を向けていると感じます」
こうした状況を生み出す要因のひとつに指揮官のマネジメント力があり、例として西川が挙げたのが、冒頭のエピソードなのだ。
マチェイ監督のマネジメント力について、36歳のベテランはこう評する。
「オンとオフがすごくはっきりしていて。意外とオフでは笑うんですけど、オンでは笑顔ひとつ見せず、ピリッとした雰囲気を作り上げている。それに練習前に集まったとき、その日の練習内容を説明してくれて、『だいたい時間はこれくらいだから、集中してやろう』と言ってくれる。メリハリがはっきりしています。
トレーニング中は険しい表情だけど、怒ったり、批判したりは絶対しない。ミスに対しても『ナイスアイデア!』とか、『グッドトライ!』とポジティブなことを言ってくれる。だから、みんな伸び伸びプレーしていますね」
公式戦のピッチから窺える戦術面や采配面での特徴は、指揮官の手腕のごく一部にすぎないというわけだ。西川が続ける。
「自分たちを勝たせようとする熱をすごく感じます。だから今、『この監督のためにも』っていう選手が多くなってきているんじゃないかな。この前、トレーニング中に(興梠)慎三が『すごくいい監督だよね』ってボソっと言ったんです。ああ、慎三もそう感じているんだなって」
とはいえ、現在のチームの好調さも、良好な雰囲気も、一歩踏み外せば得られていない可能性があった。シーズン序盤に2連敗を喫し、なかなか流れを掴めなかったからだ。
2節の横浜F・マリノス戦は、敗れたとはいえFC東京との開幕戦より内容面で良くなっていたから、西川自身が先行きに不安を覚えたわけではない。
だが、間違った方向に進んでいなくても、開幕3連敗、4連敗となると、どうしても疑心暗鬼になったり、ブレが生じたりするものだ。
その点で大きかったのが、第3節のC大阪戦である。
いや、もっと言えば、C大阪戦で先制されたあとの浦和駒場スタジアムの雰囲気である。
33分、レッズの右サイドからクロスを許すと、ファーサイドでクリアを試みた岩尾憲が不運なオウンゴールを犯してしまう――その直後のことだった。
「静まり返るのではなく、ゴール裏のサポーターがすぐに『次だ、次だ!』『切り替えろ!』っていう感じで大声を出してくれたんです。あれは絶妙で、最高で、これぞサポートだなって。おかげで誰も下を向くことなく戦えた。あの逆転勝利は、まさにサポーターが作り出してくれた駒場のホームの力によるものだと思いましたね」
この逆転勝利によってレッズは息を吹き返し、その後リーグ4連勝を成し遂げた。
迎えた4月9日の第7節の相手は、リーグ2位と好調な名古屋グランパスである。
試合前、ウォーミングアップのためにピッチに姿を現した西川は、無数の旗がゆらめくゴール裏から発せられた歌声を耳にして、彼らを見つめずにはいられなかった。
「アレー、アレー、西川アレー、ラララララ、ラララララ、西川アレー、アレー」
聞こえてきたのは、西川のチャントだった。
「正直、びっくりしました。まったく知らないことだったので。すごく嬉しかったですね。感慨深いものがあったし、もうね、奮い立ちました」
昨夏から段階を踏みながら声出し応援が解禁され、今年に入って制限はなくなった。しかし、ここまで西川のチャントは歌われていなかった。
「体が覚えちゃっているんですよ。これまでだったら、このタイミングであるのになって。それはすごく感じていました。どうしたら歩み寄れるかな、と思いながらプレーしてきましたけど、もう一度歌ってもらうには、結果を出し続けて信頼してもらうしかないなって。だからあの日、久しぶりに自分のチャントを聞いて嬉しかったし、なおさら今日は絶対に無失点で抑えなければいけないぞって」
この上位決戦で西川は90分を通して安定したセービングを披露する。結果はスコアレスドローに終わったものの、思い描いたとおり、名古屋の攻撃陣をシャットアウトした。
いくつもの好セーブの中でとりわけ西川が気に入っているのは84分、ゴール前に飛び込んできたキャスパー ユンカーのシュートをブロックしたシーンだ。
このプレーにこそ、ジョアン ミレッGKコーチから教わり、大事にしている要素が詰まっているからだ。
「ペナルティエリア内は自分の庭だと思え、そこで相手に仕事をさせるな、というのがジョアンの教え。ジョアンは確率論を大事にしていて、なるべくシュートを打たせないほうがいいと。そこで、いかにゴール前の“空間を閉じる”かにずっと取り組んでいて。
あのシーン、あそこでゴール前にへばりついていたら、シュートコースが空いてしまう。ゴールラインではなく、ゴールエリアを意識して前に立っていたから、こぼれ球に反応してブロックできた。あれはまさに、“空間を閉じる”ことができたシーンです」
ジョアンGKコーチの指導も2年目に入った今季、西川はその教えを頭で考えず、無意識のうちにできるようにすることをテーマとして掲げている。
「だいぶ自分のモノになって、自然に動けるようになってきましたが、まだ微調整をしないと、自分のイメージと体が合っていない。動きの正確性をさらに増していきたいですね」
成長曲線を描き続ける西川が待ち侘びているゲームがある。
4月15日の北海道コンサドーレ札幌戦だ。約5か月ぶりに「最も好きなスタジアム」で戦えるからだ。
芝面全面改修工事が完了し、この試合から埼玉スタジアムの使用が再開される。
「埼スタの一番の魅力は、なんと言ってもファン・サポーターとの距離が近いことですね。あの一体感は、サッカー専用スタジアムの醍醐味だと思います。もしかしたら一番、僕がその恩恵を受けているかもしれないですよね。彼らの後押しを背中で感じられて心強いし、相手がプレッシャーを受けているのも感じますから。
相手のゴールキックのとき、凄まじいブーイングが響くじゃないですか。それでキックがタッチラインを割ったら、それはプレッシャーのせいだよ、って反対側で思っています(笑)」
ファン・サポーターが最高のサポートをしてくれて、チーム状態も自身のパフォーマンスも充実している。そして、最高のタイミングで埼玉スタジアムに帰還する――。
だから、西川は力を込めて言うのだ。
「いろんな意味で、ここ数年にはなかった手応えを今、感じています」
札幌戦のあとは、YBCルヴァンカップの湘南ベルマーレ戦、リーグ戦の川崎フロンターレ戦と続き、いよいよアルヒラルとのACL決勝を迎える。
3連勝を飾って最高の状態でサウジアラビアのリヤドに乗り込みたい――。
レッズの頼れる守護神は、そんなふうに思い描いている。
(取材・文/飯尾篤史)