まだ大原サッカー場の桜が咲いていない時季だった。3月30日、明治安田J1リーグ第5節のアビスパ福岡戦で先発メンバーに名を連ね、今季初出場。約4カ月ぶりに埼玉スタジアムのピッチに立った大久保智明は、安堵の表情を浮かべていた。
「思ったよりも早く戻れて、良かったです。チーム状況を含め、出場メンバーがなかなか変わらないなか、僕を組み込んでくれたのはありがたかったです」
昨年12月に左足を負傷し、芝生の上でウォーキングを始めたのは沖縄トレーニングキャンプ終盤。松葉杖をついていた影響で上半身のバランスが崩れ、リハビリで元に戻す作業にも時間を費やした。ゲーム形式の実戦に復帰したのは3月上旬だった。そこから試合に向けて、少しずつコンディションを整えてきたという。
ただ、ペア マティアス ヘグモ監督の構想に入り、リーグ戦で起用されるかどうかはまた別問題である。
「正直、夏くらいまでは試合に出られない覚悟をしていたんです。チャンスはなかなか巡って来ないだろうなって。昨季、リーグ4位で終わった原因の一つは、僕の攻撃力にありましたから。クラブ、メディア、ファン・サポーターの方など、多くの人たちもそう思っているはずです。だから、新しいウイングも補強したと思っています」
あらためて、結果がすべての世界で生きていることを実感した。そして、ネガティブな評価も受け入れ、客観的な視点で自らのプレーを見つめ直したという。
プロ3年目は浦和レッズの主力としてキャリアハイの30試合に出場したが、目に見える数字は1ゴール、2アシスト。新シーズンを迎える前に自らに言い聞かせた。
「まず昨季の自分がダメだったことを認めないといけない。僕が招いた出来事ですから。自身の認識では△の評価でしたが、現実は✕でした。そこで意地を張って何かを言っても、きっと言い訳にしか聞こえません。『最後は結果でしょ』と言われれば、それで終わってしまいますから」
ただ、2023シーズンが無意味な時間だったわけではない。あえて本人の口から多くを語らないものの、相手のプレスを回避するドリブルは効果的だった。
得点に至る道筋をたどれば、起点になっているプレーも少なくない。AFCチャンピオンズリーグ2022決勝ではタフなアル・ヒラル(サウジアラビア)戦を闘い抜き、クラブ史上3度目のアジア制覇に貢献している。
「課題はありますが、僕の中では手応えもありました。良い準備ができれば、『違い』を生み出せる自信は持っています。周囲の厳しい評価からは目を背けないですが、ブレない芯はあります」
昨年12月、FIFAクラブワールドカップ2023の準決勝でマンチェスター・シティ(イングランド)と対峙した経験も大きい。
入場のアンセムが流れるなか、横に並んだポルトガル代表のベルナルド シウバ、イングランド代表のフィル フォーデンを見ると、背格好はほとんど同じだった。想像よりも体の線は細かったが、ピッチではさん然と輝いて見えた。
「技術の高さはもちろんですが、シンプルに速かった。動きの質が違うなって。体の使い方がうまい。すごく参考になり、僕自身、アスリート能力をもっと高める重要性を感じましたね。すべての平均値を上げないといけない。今季、リーグ優勝を目標に掲げるレッズで『違い』を生み出すためには、そこのレベルアップも必要です」
今季、怪我で離脱している期間から積極的に取り組んでいるのは、体の動かし方だ。練習前には補強トレーニングを入れ、入念に動き作りも確認している。小さな積み重ねではあるが、地道な努力を怠らない。
「急に劇的な変化が見えるものではないですが、やり続けていくことで、習慣化されます。無意識でその動きができるようになったとき、初めて自分のものになると思っています」
イメージするプレーにはまだ遠いようだ。左ウイングで出場した復帰戦の映像を見返しても、反省点ばかりである。個の動きだけでなく、指揮官が求めるポジションの役割を再確認する必要があるという。
「いろいろ考えて、動き過ぎてしまいました。試合後に左サイドバックの(渡邊)凌磨くん、インサイドハーフの(岩尾)憲くんとも話をしたんです。もっとシンプルにプレーしても良かったのかなと。怪我から戻った初戦でインパクトを残したい、絶対に勝ちたいというおもいが強く働いた部分もありました」
25歳で迎えたプロ4年目は勝負のシーズン。いまだレッズのファン・サポーターに認められているとは思っていない。2024年は不退転の覚悟で臨んでいる。
「僕はまだ試されている立場。やはり、数字で示す以外にないです。基準はそこしかないので。クラブとしても『ウイングには年間10ゴールを取れる選手を求める』と明言していますし、その得点数は達成しないといけません。評価は〇か✕しかないと思っています。
レッズは結果を出さなければ、何年も在籍できないクラブ。『他の部分で貢献する』という言葉は、もう言い訳になってしまうので。昨季はそこで少し逃げているところもありましたが、今季はゴールにフォーカスします」
ウインガーとして、進むべき道に迷いはない。同じ東京ヴェルディの下部組織出身である生粋のドリブラーからも大きな刺激を受けている。「ぶち抜けばいいんでしょ」という前田直輝の根本的な考え方には、「確かに抜いたらオーケーっすね」と笑いながら賛同する。吹っ切れた男に怖いものはない。
「これから試合後の自己評価は、明確な点数で示そうと思っています。得点、アシストしてチームが勝てば100点。勝っても得点、アシストできばければ50点。負けても自分が点を取っていれば50点。負けて、自分もゴールに絡めなければ0点。分かりやす過ぎるくらいが、ちょうどいい。自分のためになりますから」
ようやく浦和の桜も咲き始め、今は底抜けに明るい顔で前を向いている。頭の中はきれいさっぱり整理整頓された。シンプル・イズ・ベスト。あとはゴールネットを揺らし続けるだけだ。
(取材・文/杉園昌之)
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