アウェイの応援歌が響く埼玉スタジアムには重苦しい空気が漂っていた。
AFCチャンピオンズリーグ2022優勝が決まった瞬間とは、まるで真逆。11月12日、ヴィッセル神戸戦でフル出場した大久保智明は、スタンドの失望感を肌でひしひしと感じ取っていた。
「5万人近い人たちの気持ちがドンと落ちたのが分かりました。最後までピッチの上に立っていると、それがダイレクトに伝わってくるので。リーグ優勝に導くことができず、まだまだ僕には足りないものがあると、痛感させられました。自分の能力が良くも悪くも分かった」
プロ3年目の今季は初めて、シーズンを通して主力としてプレー。得意のドリブルでマーカーをはがし、攻撃の起点をつくってきた。
ゴールへのルートをたどると、背番号21がきっかけになっていることも少なくない。
相手のプレスを外し、敵陣にボールを運ぶ役割も果たした。レギュラーとして手応えも得たものの、あらためて振り返れば、悔しさがつのる。
「要所でチームの結果を左右するところに自分はいたと思います。負ければ、個人が批判されることもあります。順位、試合結果が直接、自らの評価につながりました。うれしいこともあれば、悩むこともあって……。あまりSNSなどは見ませんが、厳しい声が直接、届くこともあったので。可能性を期待された1年目、2年目とはまったく違いました」
勝敗の責任を背負うことで、主力としての自覚が芽生えた。9月上旬に左太ももの肉離れで戦線離脱したときも、復帰後にいかに貢献するかを考えていた。
スタンドからピッチを眺め、冷静に試合を分析。現状のチームに不足している動き、プレーを頭の中で整理。自分のすべきことを明確にしたという。
「ピッチに戻れば、自分にしかできないプレーで、チームを勝たせたいと思っていました。2年目まではもどかしい気持ちを抱えながら外から試合を見ていましたが、今季は違いました」
戦列を離れた約5週間は疲労を抜きながらケガの回復に努めつつも、体のバランスを見直した。チームトレーナーの指導のもと、ケガの遠因となる反り腰を矯正。日常生活の立つ姿勢から修正している。
そして、以前から改善の必要性を感じていた上半身の強化にも力を入れ始めた。
「まずチームのトレーナーに細かく動きを分析してもらいました。僕は上半身の回旋が遅いんです。だから、ターンも速くなかった。回転するときに下半身から動いて、上半身が付いて来ていなくて。だから、ハムストリング(太もも)にも負担がくると。いまは上半身から動かせるようにトレーニングにしています」
クラブハウスで鉄の棒を持ち、カヌーのオールを漕ぐような動きをしているのもそのためである。
テックの愛称で親しまれるヴォイテク イグナチュク・フィジカルコーチに提案されたボクシング・トレーニングも上半身を鍛える一環。ケガから復帰した後も、試合の3日前、4日前には自らの意思でテックが構えるミットにリズムよくパンチを打ち込んでいる。
重視しているのは下半身と上半身の連動。下半身の力が上半身にうまく伝わると、パンチにも体重が乗ってきたという。
「重りを使ったウエイトトレーニングよりボクシングのほうが、動きが出るから僕には合っているのかなって。実際、パンチを打つときには出力を出すので、上半身の筋力は付いていると思います。体重も1kgから2kg程度増えました」
成長のヒントは、どこに隠されているのか分からない。ケガで休んでいる期間には、ボクシングの試合までチェック。WBC、WBO世界スーパーバンタム級王者・井上尚弥の映像を見ていると、思わぬ気づきがあった。
「あの足のさばきは、ドリブルにも応用できるなって。井上尚弥選手はパンチスピードだけでなく、すっと踏み込みの一歩がすごく速い。ずっと足が動いていて、力みがまったくないんですよ。僕は足の動きばかりを見ています。リングとピッチでは大きさが違いますが、1対1の局面はほとんど同じです。相手との間合いの取り方、距離感は似ていると思います」
ボクシング・トレーニングの効果は、すでにピッチでも表れているようだ。復帰戦となったYBCルヴァンカップ準決勝・第2戦の横浜F・マリノス戦ではいきなりキレのあるドリブルを披露し、攻撃のアクセントとなった。
そして、10月20日の柏レイソル戦はゴールのきっかけもつくった。
1点目はワンタッチパスで起点となっていたが、目を引いたのは2点目。1点リードで迎えた57分、ハーフウェーライン付近で縦パスを受けて鋭くターンすると、一気にスピードアップし、相手を置き去りにした。勢いよくそのままドリブルでボールを運び、ゴール前の小泉佳穂へパス。ここから荻原拓也のスーパーゴールが生まれたのだ。
「以前よりもスルスル、ドリブルで行ける感じがするんですよ。(下半身から力が伝われるので)上半身に余計な力が入らなくなったのかな」
どん欲な大久保は、転んでもただでは起きない。リハビリ期間は、ケガを治すためだけの時間ではないという。故障する前より良い状態で戻ってくることをずっと心がけてきた。
ボクシング界のモンスターと呼ばれる世界チャンピオンの「足」を見ながら、ミットにパンチを打ち込んできたのも、ひと回り大きな存在になるためである。
11月25日に向けて、万全の準備を整えている。ホーム最終戦の相手は、ルヴァンカップ決勝で苦杯をなめさせられたアビスパ福岡。ふつふつと闘志を燃やす。
「完封して勝ちます。圧倒的な力の差を見せつけないといけないと思っています。この1年間、積み上げてきたものを最後まで見せていきます。個人としては『違い』を見せないといけない。自分にできる仕事、与えられたタスクをしっかりやり遂げたい」
J1リーグ優勝の望みが断たれても、試合に向けてモチベーションが下がることは一切ないという。リーグ戦の残りは2試合のみ。浦和レッズの主力として勝利だけを目指し、身を粉にして闘うつもりだ。
(取材・文/杉園昌之)