1-4の大敗を喫した10月29日の横浜F・マリノス戦のあと、西川周作はチームの先頭に立って浦和レッズのファン・サポーターが陣取るアウェイゴール裏に向かった。
ルーティーンなどではない。キャプテンだからでもない。彼らのもとに向かわずにはいられなかったのだ。
「試合中、ゴール裏の歌声が鳴り止まなかったんですよね。1点取られ、2点取られ……4点目を喫したあとも彼らは歌い続けてくれていた。僕には『顔を上げろ』『前を向け』『俺たちは戦い続けるから、お前たちも戦い続けろ』っていうメッセージに感じられて……。だから、この結果が申し訳なくて」
約1か月前にも同じような経験をしたばかりだった。
9月25日に行われたYBCルヴァンカッププライムステージ準決勝第2戦のセレッソ大阪戦――。
アウェイでの第1戦を1-1で乗り切りながら、ホームに帰還した大一番でレッズは4失点の醜態をさらしてしまった。
「あのとき、ホームで4失点をしたあと、ゴール裏のコールが鳴り止まないどころか、声のボリュームが一段上がったんです。『責任を持って最後まで戦え』と言われているように感じて。(F・)マリノス戦もそうだった。だから僕は真っ先に、彼らのもとに行きたかったんです」
2014年にレッズの一員となって8年が経った。今ではコロナ禍前の埼玉スタジアムの姿を知る数少ない選手である。
16年のYBCルヴァンカップ決勝やJリーグチャンピオンシップ決勝、17年と19年のAFCチャンピオンズリーグ決勝や18年の天皇杯決勝と、埼玉スタジアムの雰囲気に魂が震えるような経験をしたことが、何度もある。
そんな西川だからこそ、入場制限と声出し制限にもかかわらず、熱い空気を生み出してくれたレッズサポーターの力に、改めて感謝を強める22年シーズンだった。
シーズン前半は決定力不足に苦しんだものの、チームは少しずつ上向きとなって8月10日を迎えた。
コロナ禍の埼玉スタジアムで初めて声出し応援が解禁された名古屋グランパス戦で痺れるほどの歌声に背中を押されて勝利したチームは、アウェイでジュビロ磐田を6-0と下し、最高の雰囲気でAFCチャンピオンズリーグ2022ノックアウトステージへと突入していく。
そして、準決勝ではPK戦の末に全北現代モータースFCを下し、決勝のチケットを手に入れた。
「僕はレッズサポーターの本当の姿を知っているから、まだまだあんなものじゃないと分かっているけど、『本来のスタジアムが戻ってきたな』『心強いな』と感じましたね。全北戦なんて完全にファン・サポーターのおかげですよね。彼らがすごい圧をかけてくれて、ひとつになれた。
そのおかげで土壇場で追い付けたし、彼らが旗を集めてプレッシャーを掛けてくれたおかげで相手はPKを外した。07年のACL準決勝で都築(龍太)さんがPKをストップしたときと変わらぬ雰囲気を作り出してくれた」
だが、価値ある勝利をピークにチームは下り坂に入り、C大阪に0-4で敗れると、10月1日のサンフレッチェ広島戦に1-4、そして横浜FM戦でも1-4と大敗を繰り返してしまう。
なぜ、こんなことになってしまったのか。要因をひとつに絞ることは、難しい。
ただ、西川がはっきりと認識しているのは、チームとしての若さだ。
「経験不足というか、若さが出てしまったかなと。優勝するチームは良い時期をできるだけ長く継続するし、シーズンを通して波がない。僕も過去に優勝したことがありますけど、たとえ負けたとしても0-1だったり、連敗をしないことが大事。でも、今シーズンの終盤は踏ん張れずに複数失点してしまった。チームメイトを見ても、下を向いてしまっていたり、シュンとなってしまうようなところがあった」
そうしたとき、かつてならチームを引っ張る存在がいた。
「マキ(槙野智章)が鼓舞してくれたり、(興梠)慎三が『行くぞ、おまえら』とプレーで見せてくれたり、阿部(勇樹)ちゃんが真ん中でドシっと構えてくれていたり。そのバランスがすごく良かった。じゃあ今シーズン、自分はどれだけ引っ張れたのか。もっと『大丈夫だよ』『切り替えよう』って訴えかけることができたんじゃないかって」
実際にピッチを見ていると、失点して最も悔しいはずの西川がボールをゴールから素早く拾い、手を叩き鼓舞しているシーンが目に入る。
しかし、やはり最後尾に構えるGKだけに、その叱咤激励がピッチ全体に届かないこともある。それでも、西川は自身の課題として受け止めていた。
今シーズン、沖縄でのプレシーズンキャンプ中に、西川はキャプテンに任命された。
レッズでキャプテンを務めるのは、2020年シーズンに続いて2度目。しかし、前回とはチーム状況が大きく異なっていた。前任者の阿部が引退し、槙野や宇賀神友弥、興梠といったベテランがチームを離れたことで、在籍年数トップの年長者となったのだ。
「リカ(リカルド ロドリゲス監督)からは『周作に務めてもらいたいと思っている』と。『無理に何かをやろうとしなくていい。これまでどおり自分のすべきことをして、チームがバラバラにならないようにだけ見ていてほしい』という話でした。
その後、阿部ちゃんと食事をしたときも『周らしくやればいいよ』『気を配りすぎて自分のことが疎かになるより、自分のことをしっかりやっておけば大丈夫』というアドバイスをもらって。言わば阿部ちゃんスタイルというか。まずは自分のことをしっかりやって、プレーで引っ張っていく。その言葉に助けられましたね」
だが、シーズン終了間際となった今、思うのだ。
「今季に関しては、もう少し違うやり方もあったのかもしれないなって。そこは自分の課題でもあるし、チームとしての課題ですね」
2022年シーズンを振り返るとき、この話に触れないわけにはいかないだろう。
リカルド ロドリゲス監督の解任――。
その話を聞いたとき、西川も驚いたという。そして、込み上げてきたのは感謝の気持ちと自責の念だ。
「まだ就任2年目でしたし、昨季から今季にかけて半数近くの選手が入れ替わり、リカも難しかったと思います。この結果に対してリカが責任を取る形になりましたが、僕ら選手も責任を感じています。リカはいつも僕の目をしっかりと見て、コミュニケーションを取ってくれた。
昨年5月、1度スタメンから外れましたが、それも感謝しています。1度立ち止まって自分自身と向き合う時間になった。リカは調子の良い選手を使うというスタンスがブレなかったから、僕もポジションを取り戻すことができたし、今季は信頼して起用し続けてくれた。昨季のことがあったから、この試合が最後になるかもしれない、という緊張感を持ってプレーできた。その緊張感が自分をさらに成長させてくれたと思います」
だから、西川はこう考えずにはいられない。
あのとき、自分のセーブでゴールを阻止していれば、もしかしたら、リカが解任されることはなかったのではないか――、と。
「やっぱりポジション柄、そう思うんですよね。勝ち点1や、ひとつの失点が人の人生を大きく変える。改めてそういう職業なんだなって」
プロ16年目を迎えた西川だが、秋から冬にかけてのこの時期は、何度経験しても好きになれないという。
「別れの季節じゃないですか。出会いがあれば、別れがあるのも当然なんですけど、サッカーチームって毎年必ず選手が入れ替わる。1年間一緒に戦ってきた仲間と別れる辛さは、何回経験しても慣れないですね」
リカルド ロドリゲス監督のもと、このメンバーで戦う公式戦は、11月5日のアビスパ福岡戦が最後となる。
「感謝の気持ちを示すには、勝利しかないと思います。リカのサッカーらしく前へと攻める気持ちは、僕も出していきたい。ゴールに直結するようなパスが出せれば理想です。そして、シャットアウトして、良い雰囲気で終わりたい。しっかり勝って、リカや選手・スタッフのみんな、そしてファン・サポーターの方々と喜び合いたい。それに尽きます」
(取材・文/飯尾篤史)