何の前触れもなかった。沖縄キャンプも残り1週間を切った2月のある夜、ミーティングが終わると、神妙な面持ちのリカルド ロドリゲス監督にそっと声を掛けられた。
「周作、残ってくれ」
しんとした大きな部屋には西川周作を含め、リカルド ロドリゲス監督と小幡直嗣コーチ兼通訳の3人だけになった。
これから何について話し合うのか、頭を巡らしているときだ。張りのあるスペイン語で、いきなりから本題を切り出された。
「昨季は副キャプテンだったが、今季はキャプテンをやってもらいたいと思っている。プレッシャーやストレスを感じるのであれば、言ってほしい」
西川は予想外の言葉に驚きながらも、落ち着いて話を聞くことができた。2020年シーズンにキャプテンを一度経験したことは大きかった。
断る理由はない。迷うことなかった。
「リカ(リカルド ロドリゲス監督)が1番いいと思う人をキャプテンにすべきだと思います。僕の答えはイエスです」
チーム最年長の35歳。周りを見渡せば、苦楽をともにしてきた同世代の選手たちはすっかりいなくなった。
浦和レッズに加入して9年目を迎える古株は、『浦和』を背負う責任の意味をひしひしと感じている。
昨季終盤、槙野智章(現ヴィッセル神戸)と宇賀神友弥(現FC岐阜)が契約満了を告げられたあとも、モチベーションを落とさずに天皇杯制覇のために死力を尽くす姿を目の当たりにして、あらためて思った。
「あの2人はどのような状況になっても、絶対に勝つ、必ず優勝するという思いを持って、最後まで戦っていました。この姿勢なんだなって。
今季は若手、中堅、ベテランと新加入選手も多いですが、浦和を背負う責任を感じながら戦ってもらいたい。きっと埼スタのピッチに立ってプレーすれば、分ってくると思います」
チームメイトの前で多くを口にしないものの、自らお手本になることを誓う。
主将の肩書と定位置争いは別物。危機感を持ち、練習から真摯に自分と向き合っている。
ピッチを離れても、新型コロナウイルスに感染するリスクがつきまとうため、大切な家族との食事の時間までズラすなど、私生活まで自己管理を徹底している。
「自分からチャンスを逃すようなことはしたくないので。誰であってもチーム内の競争に勝たないと、試合に出場できません。それでも、楽しむ心は忘れないようにしたい。
見ている人たちに楽しんでもらうために、自分の武器をチームに還元し、ゴールを守る。そして、目の前の相手に勝って、結果を残していきます」
昨季はプロキャリアで初めて大きな挫折を味わった。
レッズ加入以来、守り続けてきた正GKの座を若手の鈴木彩艶に譲り、一時期は控えGKとして過ごした。
ベンチから試合を眺める悔しさは今も胸に刻んでおり、精神的に成長するきっかけになった。
「もう二度とあのような思いはしたくない」
言葉には実感がこもる。
先発メンバーから外れて、学んだこともある。
ポジティブなコーチングでも、選手の性格と置かれている状況を深く考えるようになった。サブメンバーへの声掛けひとつにしても、気を配るようになったという。
「同じ立場になってみないと、試合に出られない感情は理解できないですよ。気づいたことは多かったです。出場機会に恵まれていない選手たちも、当たり前ですが、試合に出るために必死に頑張っています。
頑張っている人に対して、『頑張れよ』と声かけをするのではなく、いいプレーが出たときに、いままで以上に褒めるようになりました」
キャプテンらしい言動のひとつかもしれないが、本人に特別な意識はない。むしろ、いま集中しているのは、ジョアン ミレッ新GKコーチとの新しい取り組みだ。プロ18年目でマインドを一度リセットし、一つひとつ考えながら動いている。
「自然と体が動くようになれば、もっと楽しめる」
ベテランと呼ばれる年齢になっているが、まだ目を輝かせている。どれだけ年齢を重ねても、頭が固くなることはないようだ。プライドが邪魔することもない。
「僕の場合、学びたい気持ちのほうが強いんですよ」
2月19日の開幕戦で京都サンガF.C.に0-1で敗れたあとも、すぐにジョアンGKコーチのもとに駆け寄り、話し込んだ。
失点シーンを振り返り、トレーニングしていることをおさらいした。
「解決方法はありました。練習してきたことを出せなくて、すごく悔しかった。いままでは『あの失点は難しかったな』と思ったかもしれないけど、いまは違います。僕は絶対に防ぐことができたと思っています。思考自体が変わってきましたね」
帰りの新幹線でも京都駅から東京駅までの2時間7分は、京都戦のハイライトをチェック。何度も巻き戻し、自分のキックとセーブの場面を見直した。
試合の夜は、いつものようにJ1・J2の他試合のゴールシーンにも目を通した。
「すべて自分に置き換えて、見るようになりました。こうすれば、防げたなとか。ステップやポジショニングなどをより研究するようになりました」
J1通算500試合出場を超えても、GKとしての伸びしろがまだあると信じて疑わないようだ。探究心は衰え知らず。リカルド ロドリゲス監督が主将に指名したのも、合点がいく。
新生レッズの模範となる人物は、誰よりも野心家である。
「レッズのファン・サポーターの前でありがとうの思いを込めて、シャーレを掲げて、浦和の街でパレードをしたい。すごく盛り上がりますよね。その日のために、目の前の1試合1試合を全力で頑張ります」
16年ぶりのリーグ制覇へ、並々ならぬ意欲を燃やしている。
(取材・文/杉園昌之)