ティーンエイジャーの頃は、“レッズ”のレジェンドに憧れた。地を這うような強烈なミドルシュートに興奮し、誰よりもピッチの上で熱く戦う姿に心酔した。
今季、浦和レッズに完全移籍で加入したマリウス ホイブラーテンは、故郷のノルウェーで過ごした少年期を懐かしそうに振り返る。
「昔からリバプール(愛称はレッズ)のファンだったこともあり、当時、僕のアイドルはキャプテンの(元イングランド代表)スティーブン・ジェラードでした。
苦境に陥っても、100%のパワーをぶつけるスタイルが好きだったんです。闘志を前面に押し出して戦う姿勢には感銘を受け、僕自身、プレーヤーとしても影響を受けています」
ボールを蹴り始めたのは、物心がついた5歳。父親がアマチュアカテゴリーでプレーしていたこともあり、10歳までは専属コーチのように指導してくれた。
熱心に教えてもらったが、決してスパルタではなかった。優れた運動神経を持つ少年の意志を尊重してくれ、あらゆる競技も経験した。
そのなかでも、力を注いだのがハンドボール。幼少期からサッカーと掛け持ちでプレーし、いずれも真剣に打ち込んだ。
ただ、年齢を重ねてくると、二足のわらじを履くのが厳しくなってきたという。難しい二者択一だった。判断は13歳のマリウス少年に委ねられた。
「結果的にはフットボールへの愛情が勝ったのですが、僕にとっては簡単な選択ではなかったです。ハンドボールも好きでしたから。将来のことを考えれば、選手として成功するのは厳しいかなと思ったんです。体のサイズが足りなかったので……。
現在の身長は184cmですけど、この上背はノルウェーでは平均より少し高いくらい。ハンドボールの選手は、もっともっと大きいですから」
サッカーにより集中してからは、メキメキと成長した。ジェラードをお手本にした攻撃的なMFは、誰よりもエネルギッシュにプレーし、ピッチでタフに戦った。
サッカー選手として、最初の転機が訪れたのは15歳を迎えた時期。コンバートの打診である。チームのコーチ、良きアドバイザーになっていた父親とも相談した上で、センターバック転向を受け入れた。
他人に押し付けられたわけではない。ここでも、冷静に自らで判断した。
「僕はオールドタイプのセントラルミッドフィルダーでした。モダンフットボールでは(自陣のゴール前から敵陣のゴール前まで飛び出していく)ボックス・トゥ・ボックスタイプの選手が重用されますし、より細かい技術も要求されます。
それならば、中盤で培った展開力、ゲームをコントロールする能力を後ろで生かすほうがいいと思いました。当時、左利きのセンターバックは珍しかったこともありますし、強みになるだろうなって」
選択は間違っていなかった。センターバックとしてU-15ノルウェー代表に選出されると、順調にステップアップしていく。
16歳にして国内のトップリーグでデビューを飾り、プロの舞台へ。1部のリールストロームでキャリアをスタートさせ、年代別代表もU-21代表まではコンスタントに招集されていた。
絵に描いたようなエリート街道を進んでいたものの、人生はなかなか順風満帆には進まないもの。ストロームズゴッドセットでは、思うような結果を残せずに苦労した。
プロとして、受け入れざるを得ない現実もある。FIFAワールドカップ ロシア大会で世界が沸いていた2018年の夏だった。
「2部リーグへの降格がほぼ決まっていたサンデフォードというチームへシーズン途中で完全移籍したんです。翌シーズンは2部でプレーしました。多くの出場機会を得る目的もありましたが、あのときは、今の自分に何ができるかをすごく考えました。
決して強いとは言えないチームでしたが、多くの経験を積むことができたと思います。自分のできることに集中し、チームにコミットすることが大事でした。ドン底から這い上がるために日々考えを巡らせて、プレーしました。多少の運はあったかもしれないですが、あの移籍から少しずつ上向き始めたと思います」
ヨーロッパのトップレベルで活躍する多くのセンターバックの映像を見て、研究も欠かさなかった。レアル・マドリー時代(現マンチェスター・ユナイテッド)のラファエル・ヴァランも当時、参考にしたひとりだ。初心に返り、盗めるものは盗んだ。
苦難を乗り越えたセンターバックは、心身ともにたくましくなった。
2020年、2部から国内1部リーグの強豪FKボーデ/グリムトへ移籍を果たし、主力としてリーグ2連覇に貢献。昨季は優勝こそ逃したが、リーグ2位となったチームで安定したパフォーマンスを発揮した。
レッズからのオファーは、ちょうど脂が乗ってきた時期に舞い込んできたチャンスだった。
「自分にとっては、ベストなチョイスだと確信している」
加入会見で口にしたコメントも、ただのリップサービスではない。人生の岐路に立つたびに適切な判断を下し、キャリアアップしてきたからこそ出た言葉である。
2月3日からチームに合流し、すぐにマチェイ スコルジャ新監督の信頼をつかむと、15日後のリーグ開幕戦から先発出場。2節の横浜F・マリノス戦でもスタメンに名を連ねており、徐々にJリーグの水にも慣れてきた。
新天地で成功をつかむために自分のすべきことも頭で整理している。
「自分が輝くためには、チームが輝かないといけない。センターバックのひとりとして、しっかりチームを支えていけば、いろいろなことが前向きに向上していくはずです」
アウェー2連戦では熱狂的な応援に胸を打たれた。
「正直、あのエネルギーには驚きました」
3戦目の3月4日は、セレッソ大阪を迎えてのホーム開幕戦。浦和駒場スタジアムの一戦に向けて、モチベーションも一層高まっている。
「難しい試合も良い試合もありますが、僕らはいつだって100%の力で戦う姿を見せます。ファン・サポーターのためにベストを尽くし、次こそは勝利をプレゼントしたい」
落ち着いた口調で話す言葉には力がこもっていた。
リバプールを見て育った27歳のノルウェー人は、今も自らの原点を忘れていない。日本の“レッズ”で、かつて心を奪われた闘将のように困難な状況でも全力で戦い抜くことを誓っていた。
(取材・文/杉園昌之)
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