「絶対に腐ってはいけない」
試合に絡めない選手たちは、いつもそう考える。だが、人間はそう簡単に「前向きにあり続ける」ことはできない。
シュートストップの能力は今も健在。いつでもピッチに立つ準備もできている(8月30日撮影)
山﨑大地は7月1日の新潟戦、前半で交代を余儀なくされて以降、ベンチ入りはなし。松本大弥は今季、ベンチ入りすら5試合しかない。
「やってやろうって思って練習に臨んでも、他(の同じような立場の選手)がちょっと浮ついてたら、そっちに流れてしまって……」(松本大)
川崎F戦(8月19日)前日の紅白戦、サブ組は主力組に「ボロボロにやられた」(松本大)。その翌朝、メンバー外となった選手たちの練習後、松本大や山﨑ら数人の若手を前にして、林卓人が口を開いた。
練習に対する林の集中力は他の追随を許さない。トレーニング量も増えており、コンディションもよさそうだ(8月30日撮影)
といっても、筆者は実際にその姿を見たわけではなく、山﨑や松本大によってその事実を知った。
「何も言っていません。(彼らは)夢でも見ていたんじゃないですか」
林は否定する。
食い下がると「本人たちに聞いてみてください。僕は、何も言っていない」。
これが林卓人の美学。絶対に自分を大きく見せないし、誇らない。
松本大弥の練習で見せるスピード感と迫力が以前とは変わった。荒木隼人に向かって激しく迫るシーンも(8月30日撮影)
若者たちは、こういう話を林から聞いたという。
「もっとギラギラした感じを出さないと、監督も使おうとは思わない。今はただ(淡々と)練習しているだけにしか見えないよ。悔しさとか、やってやるんだとか、気持ちを出そう。周りにどんどん要求していい。言われることで俺自身も気づくことはあるんだから」
同じ場所にいた青山敏弘は「タクトさんの想いが、どんどん溢れていた」と語ってくれた。
「気持ちが伝わる選手たちだと思ったから言ったと思うし、僕自身にも言ってくれたと思って聞いていました。もしかしたら、自分自身を奮い立たせるためにも、タクトさんは言ったのかもしれないですね」
マルコス・ジュニオールにも果敢に挑むなど、山﨑大地の練習にも迷いがなくなった(8月30日撮影)
翌週の練習、若手は激しい闘志と球際で負けない迫力を見せ、山﨑は柏戦(8月26日)で5分間の出場を果たし、次の鳥栖戦(9月2日)では先発と評価を上げた。「タクトさんの言葉は、スッと胸に落ちた」と松本大も山﨑も、異口同音に語っている。
「自分が一番下手だといつも思っています。もっと上手くなって、試合に出たい」
プロ23年目、Jリーグ通算511試合出場、J1通算102試合完封。様々な実績を残した大選手が、たとえ今はメンバーに入っていなくても常に全力でトレーニング。居残り練習にも積極的に取り組み、コンディションもあげてきている。そんな林卓人の背中を間近に見て、彼の言葉を聞ける若者たちは、幸せである。
林卓人(はやし・たくと)
1982年8月9日生まれ。大阪府出身。2001年、金光大阪高から広島に加入。2002年の最終節・札幌戦で初出場。2004年、アテネ五輪アジア最終予選で6試合1失点と活躍し、日本をアテネ五輪に導いた。2005年から札幌、2007年から仙台でプレーし、2013年には東アジアカップに出場する日本代表に招集。2014年に広島復帰。2015年には平均失点0.88を記録して広島の優勝に貢献した。
【中野和也の「熱闘サンフレッチェ日誌」】