後半アディショナルタイム、マルコス・ジュニオールのスルーパスが川崎Fの守備を切り裂く。
凄いパス。飛び出した若者。誰だ。満田誠だ。11番を背負った広島のエースだ。
川崎FのGKは、名手チョン・ソンリョン。この試合でも何度もビッグセーブを見せた。
大丈夫か。決めてくれ。頼む。
誰もが瞬間、息を呑んだ。満田、右足を振る。豪快。ネットが揺れた。スタジアム、熱狂。その中心には、11番を背負った若者がいた。
5月7日の福岡戦、満田は右膝前十字靱帯部分損傷という大怪我を負った。全治は未定。先が見えない苦境から戻ってきたのが、8月13日の浦和戦だった(上記動画は彼の復帰までの軌跡)。その試合で45分間のプレーをやりぬいた6日後の川崎F戦ではフルタイム出場。1得点2アシストの活躍で、広島を3ヶ月ぶりの連勝に導いた。
まだ復帰の目処がたっていなかった時期だが、必死にリハビリに取り組んでいた。動画の最後に映っているのは満田のリハビリに大きな力を発揮した亀尾徹メディカルアドバイザー。スポーツ理学療法の権威でもある(7月25日撮影)
この試合の満田で気になったことが二つ、ある。
一つは、彼のポジション移動だ。90+1分、ボランチでプレーしていた満田の足がつってしまった。「走れないのでは」と危惧していたが、ゴール直前に彼はFWへ移動。この判断は満田自身のものか、ミヒャエル・スキッベ監督の指示だったのか。
この日、接触プレー以外のトレーニングに合流を果たした満田誠。久しぶりのチームメイトとの練習に表情も明るい(8月1日撮影)
「ベンチですね。ポジション変更は左サイドの(川村)タクムを通して僕に伝わりました」(満田)
運動量に期待できなくなった彼を攻撃に専念させる処置だったのだが、これが決勝点に繋がったのだから、なんともドラマティックだ。
練習に完全合流して2日目。確かにいい動きをしていたが、まさかこの5日後に先発するとは満田自身も想像していなかった。実際、ミヒャエル・スキッベ監督もこの日は「20〜30分の出場」と語っていたのだが(8月9日撮影)
もう一つは、マルコス・ジュニオールのゴール時、選手たちがそろってカメハメ波パフォーマンスをやった時、満田が参加しなかった件だ。
「やりたくなかったわけじゃなくて(苦笑)。自分のプレー時間は60分くらいかなって言われていたんですが、状態がよかったので(ゴールセレブレーションの時間に)ベンチに行って『まだやれる』と伝えたんです。その後、マルコスを祝福しに行きました」
浦和戦前日のウオーミングアップ。先発を監督から言われたのは、この前の日だった(8月12日撮影)
熱狂の中でも冷静になれる若者がプレーでサポーターを熱くし、ミヒャエル・スキッベ監督に「復帰してくれて、ありがとう」と言わせた。
満田誠はだから、ヒーローなのである。
満田誠(みつた・まこと)
1999年7月20日生まれ。熊本県出身。2015年、広島ユース加入。同期に大迫敬介、川村拓夢、仙波大志らがいる。広島ユースから流通経済大に進学し、2022年に広島加入。強烈なパンチ力を活かしたキックと火の玉と形容されるハイプレスを武器に活躍を重ね、7月には日本代表に初選出。ルーキーイヤーに9得点8アシストを記録した。今季からかつて佐藤寿人が身に付けていた11番を継承。3月12日、G大阪戦での今季初得点時からは、かつてのエースに贈られていたチャント(応援歌)も引き継いだ。「サッカーに生命をかけている」と言い切れるほどのプレーを表現し続け、サポーターの心をガッチリとつかんでいる。
【中野和也の「熱闘サンフレッチェ日誌」】