「えっ、変わりました?」
彼女のその反応を聞いた時、単なる自分の勘違いだったかと、気恥ずかしさを覚えた。
バン・オープン(バンクーバー開催)で久々に見た奈良くるみのリターンが、それまでとは異なる気がしたのだ。
以前の奈良はリターンの時、両足をほぼ水平に開き、腰を深く落として構えていた。
それが今は、上体を少し立て、足を前後に開いて構え、打つ際に前に踏み込んでいるように感じたのだ。
そこで、「リターンを変えました?」と本人に尋ねた時の反応が、冒頭に挙げた一言である。
ただその後、「もしかしたら」と奈良は、言葉を続けた。
「リターンの練習をけっこう圭くんとしていたので、若干、変わったのかもしれません。自分では意識してないんですが」……と。
奈良がここで言う「圭くん」とは、言わずと知れた、錦織圭である。
今年4月――。ランキングを200位台に落とした奈良は、全仏オープン予選を含む欧州遠征を取りやめ、「仕切り直し」のために一旦帰国。
ナショナルトレーニングセンターで練習を重ねたその時に、頻繁に顔を合わせたのが、復帰に向けリハビリと練習に励んでいた錦織だった。
その時に奈良は、錦織からリターンの極意を多く授けられたという。
「わたしはリターンの時にラケットを大きく引いちゃうんですが、圭くんにはテイクバックをコンパクトにして、その分、後ろから前に移動する力を使って打つようにって言われました」。
錦織のデモンストレーションを見て、その動きを頭に刻み、再現しようと試みる。
ただそのたび、「うーん、なんか違う」と、“師匠”は首を捻ったという。
これは2020年10月、全仏OP時の奈良
こちらは今年8月のバン・オープン時。サーフェスや相手も異なるので一概に比較できないが、構えやリターン位置など変化は明らかだ
もとより奈良は、他選手の長所を見抜き、分析して吸収することに、楽しみを覚える選手である。
錦織と共にリターンを改善するプロセスは、その原点に立ち返る好機でもあったようだ。
「テニスについて考えるのが楽しくなってきてます。自分はこういう動きが出来ないからヘタなんだなぁ……とか。前から好きでしたが、より楽しくなってきました」
ラケットを握ったばかりの少女のように、無垢な笑みを顔中に広げた。
17歳で全日本選手権を制したかつての“天才少女”も、今年末で31歳になる。
「体力の回復に時間が掛かるようになりました」と小さくこぼすが、それでも、大きくステップインする“新リターン”のように、彼女は変化を恐れず前へ踏み出す。
奈良くるみ(なら・くるみ)
1991年12月30日、大阪生まれ。身長155cm。幼少期から頭角を現し天才少女と呼ばれる。頭脳的なプレーを中核としつつも変革を恐れず、技術やフィジカル、戦術面でも改善を重ねてきた。WTA最高32位。
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