3月は3試合で129分。4月は1試合で6分。5月は出場なし。気づけば春も過ぎ、季節は移ろいだ。
シーズン開幕前に10得点、10アシストの目標を掲げていた大卒1年目の大久保智明にとっては、試練の3カ月だった。
「がんばってもメンバーに入れない日が続くと、自信をなくし、プレーも消極的になってしまいがちです。変に慣れてしまうというか……」
ただ、そのまま沈むことはなかった。中央大学時代にも一度経験しているのだ。
東京ヴェルディのユースから自信を持って強豪の門を叩いたものの、1年時は試合に絡めずにひたすら下積み。「1日、1日を無駄にしないためにも時間の使い方を考えていました」。
そして、2年生の途中からリーグ戦にデビューにすると、同年に関東大学リーグ2部の優勝に貢献。苦労を重ねてきた22歳は、ひたむきに練習に打ち込む重要性を深く理解している。
「すべて自分に返ってきますから。レッズでも今日の練習で一番成長してやるぞという気持ちを持ち、ブレずに1日、1日、自信を失わないように練習するようにしています。自分だけの問題ではなく、試合に出ていない選手が懸命に取り組むことは、チーム力の向上につながると思っています。
一人でも集中力が欠けている人がいれば、全員に影響を及ぼしてしまうので。大学のときもそうでした。強かった時期は試合に出ていない4年生が一番必死に練習をがんばっていました」
もがく新人を気にかけてくれた先輩たちの言葉も身にしみた。興梠慎三からは「腐らずにがんばれよ」と声をかけられ、西大伍には「良いところは良いんだから、考えてやれよ」と助言をもらった。その一つひとつが心の支えになったと言う。
チームの一員であることを自覚し、ひたむきに努力を続けるなか、チャンスが巡ってきたのは6月9日だ。
天皇杯2回戦のカターレ富山戦で、約3カ月ぶりに公式戦(エリートリーグ除く)の先発メンバーに抜擢されると、しっかり結果を残した。
得意のドリブルから局面を打開し、キャスパー ユンカーの決勝ゴールをお膳立て。確かな手応えをつかんだ。
「アシストという形で、自分の価値をひとつ見いだせたのは大きかったです」
浦和駒場スタジアムのピッチに入る前から自らに言い聞かせた。
「まずはチームのために走って戦う。レッズの勝利が個人の評価にもつながる」
大久保は間違っていなかった。試合から遠ざかった時期のことをふと思い返してみた。
リカルド ロドリゲス監督の要求に応えようとしていたが、思考回路は明らかに違っていた。
「それまでは自分が試合に出たいから、自分のためにやっていました。結果、ボールを奪われずにうまくやろうとするばかりで、こじんまりとしていたんです。やっぱり、そうじゃないよなって。
チームに良い影響を与えることが一番重要だと考えるようになってからは、自然と自分のプレーに勢いが出てきました。自分しかできないプレーは何なのか。それは仕掛けることです。単純にボールを奪われたら、奪い返せばいいや、と吹っ切れました」
意識を変えることができたのは、中央大の後輩に「思うように出場機会をつかめない」という相談されたことがきっかけだった。
「後輩のプレーは悪くないのですが、俯瞰して考えると、ベースの部分が足りていなかった。走って、戦うところですね。僕も試合に出ていない立場だったので、自分に置き換えてみると、同じだなと思ったんです」
天皇杯の初戦で自信を深めたドリブラーが、次にチャンスを与えられたのは11日後。6月20日、J1の18節・湘南ベルマーレ戦ではリーグ初先発。埼玉スタジアムの入場するときは、感慨を覚えた。
レッズに加入内定してから約2年。スタンドの上から眺めた光景とも違えば、テレビの画面越しから伝わってくる緊張感ともまた違った。
「ファン・サポーターの熱を感じることができました。正直、あの瞬間を迎えられて、ほっとしました。あと、わくわくしてきましたね。リーグ初スタメンは、キャリアのなかでも一回しかありませんから。インパクトが重要だなと思って入りました」
本領を発揮したのは後半からだ。果敢に仕掛け、ファウルを誘発して好機を演出。さらにペナルティーエリア内でパスを受けると、相手を鋭い切り返しでかわして、自らゴールも狙った。
黒星こそ付いたものの、戦力の一人としてアピールできた。その試合後、大久保のスマートフォンにうれしい連絡が入った。
電話の向こう側にいたのは、幼い頃から一緒にボールを蹴り、ずっと慕ってきた兄・広一さんだ。良き理解者であり、アドバイザーでもある。
「やっとだな。良かったよ。でも、点を取らないとね。先発で出たからOKではないぞ」
本人も置かれている立場は重々承知している。
湘南戦から中2日の柏レイソル戦はベンチ外、6月27日のアビスパ福岡戦では再びスタメン組に名を連ねたが、7月3日のベガルタ仙台戦はまたベンチ外。ローテーションメンバーには入っているものの、主軸と呼ぶまでにはまだ少し時間が必要だろう。
「安泰はない」と常に危機感は持ち、持ち味のドリブルにもまだ物足りなさを感じている。
「ゴール前の局面を打開できていない。理想はひとつ抜き切って、ゴール、アシストを重ねていくことです。ドリブルはあくまでゴールを取るための手段なので」
最後の仕掛けは試行錯誤しているところ。これまでは主に右サイドを担当していたが、いまは左サイドを任されることが多い。
利き足の左でのボールタッチが増え、また違う感覚をつかみつつある。
いまあらたに取り組んでいるのは、ゴールに直結する長い距離のドリブル。自陣から敵陣の深い位置までボールを運べる体づくりに精を出す。
ひと山越えて、またひと山。前だけ向いて、乗り越えていくつもりだ。
「いきなり、『ひと皮むけたね』とは言われないと思います。継続することが大事です。チームの勝利に一番貢献するんだ、という気持ちでやり続けます」
夏本番も間近。遅れてきたルーキーの勝負が始まる。
(取材/文・杉園昌之)
外部リンク