浦和レッズの明本考浩は新幹線のシートに腰を沈めると、オンライン配信されているスペインの人気ドラマ「ペーパー・ハウス」の動画を見た。
1-5と大敗したヴィッセル神戸戦の嫌な記憶をリセットするためだ。
いつもならば帰りの移動はDAZNの試合映像を見返しているが、10月2日だけは違った。
新神戸駅から大宮駅までの3時間半弱は、サッカーのことを一切考えないようにした。
「もちろん、反省はしましたよ。でも、あの日はゲームを振り返るよりも、家に帰るまでに頭を一度切り替えたかったんです」
中3日でYBCルヴァンカップ準決勝の第1戦を迎えることもあった。
次の試合に向けて、パフォーマンスを上げることを真っ先に考えた。
負けを引きずらないためにも、精神的にリフレッシュすることは必要不可欠。プロ2年目の23歳は、昨季痛いほど経験した。
ルーキーイヤーながら、J2の栃木SCで40試合に出場。主力として責任を持って戦い、苦しいチーム状況のなかでメンタルが削られることもあった。
「連戦のときは下を向いている暇はないので。勝っても負けても、次の試合はやってきます。調子の波をつくってはいけません。僕は安定していいプレーを見せることが大事だと思っています」
敗戦の悔しさは、ぐっと押し殺す。あえて言葉にするつもりはない。すぐに顔を上げ、今季途中から新しい持ち場となった左サイドバックでさらなるレベルアップを誓った。
「プレーのクオリティをもっと上げる。ここからとことん突き詰めていきたい」
5月1日のアビスパ福岡戦で、いきなりコンバートされてから5カ月。無我夢中で突き進んできた。
栃木時代は主にFWとサイドハーフを務め、国士舘大学時代は主にボランチ。栃木ユース以前を振り返っても、サイドバックの経験は一度もない。
「初めてのポジションで内心は不安だらけでしたが、そんなことは口に出せないですよね。やってやるぞ、という気持ちで臨んできました。左サイドバックでも"明本"という存在を示さないといけないって」
当初は勢い任せだったが、試合を重ねるごとに手応えをつかんできた。
1対1の強さに加えて、走力を生かした攻撃参加はいまやチームに欠かせない。
同じサイドバックの宇賀神友弥、西大伍から助言を受け、立ち位置、ボールの置きどころも向上してきた。
守備のポジショングは槙野智章からもアドバイスされ、相手の状況を見て守れるようになっている。
「試合に勝つたびに自信は深まっています」
ポジションが後ろに下がっても、攻撃の意識はそのまま。どん欲にゴールを向かう。
「毎試合、シュートを打つ姿勢は持ち続け、常にゴールは狙っています」
今季はFW、MF出場時の得点を含めると、リーグ戦4ゴール。チーム最多の8点を挙げるキャスパー ユンカーに次ぐ数字である。
攻撃になれば、高い位置を取り、サイドハーフの感覚でプレーする。右からのクロスボールにも果敢に飛び込んでいく。
アップダウンする走行距離は増えたが、まったく気にならない。中盤を追い越すフリーランは何度でも繰り返す。
「持ち味の運動量を生かし、おとりの動きなどでサイドハーフをいかにフリーにするかを考えています。自分の動き出しで、チームを助けていきたい」
すっかり板に付いている。9月25日のFC東京戦では日本代表の左サイドバックとして長年プレーする長友佑都と初めて顔を合わせ、大きな刺激を受けた。
一度マッチアップしたときには寄せの速さ、体の使い方、腕の強さをあらためて実感。見習うべき点を数え上げると、切りがない。
「確かに差はありましたね。ただ、僕は僕のスタイルを貫くだけ。僕にしかできないこともあると思っています。運動量という長所を生かしていくつもりです」
日本代表を目指す上で、"現在地"を知ることができた。
移籍1年目からレッズの主力となり、めきめきと実力を伸ばしていくなか、ワールドカップ・アジア最終予選を見る目も変わってきた。9月28日の代表メンバー発表を見たときは、いままでにない感情が芽生えた。
「選ばれなかった悔しさが、多少ありました。いまの僕には、まだまだ早い場所だと分かっていますが、少しずつ(A代表に)近づきつつあると思っています」
今夏、フランスのマルセイユから日本代表右サイドバックの酒井宏樹が移籍加入した影響は計り知れない。
練習場で直接話を聞くこともあれば、間近でプレーを見て盗むこともある。
「対人の強さ、一歩出る速さなどは学ばせてもらっています。スタイルが似ているので、すごく勉強になりますね」
経験豊富な先輩たちから多くのことを吸収し、右肩上がりで成長している。
現在、売出し中の左サイドバックは、いま何よりもレッズで結果を出すことに力を注ぎたいという。
勝ち続けた先には、これまでのキャリアで無縁だったタイトルもはっきりと見えている。
埼玉スタジアムで開催されるファイナルに思いを馳せると、レッズがルヴァンカップを制覇した2016年大会の記憶も甦ってくる。
「埼スタが一体になる雰囲気はすごかった。終了の笛が鳴った後の歓喜を味わってみたいんです。きっと、あの瞬間がたまらないんでしょうね。僕は決勝のピッチにも立ったことがないし、クラブで一度もタイトルを取ったことがないので。トロフィーを掲げることができれば、自信につながりますし、僕の大きなターニングポイントになると思います」
夢の舞台にたどり着くまであと一歩。まずは10日のルヴァンカップ準決勝・第2戦をクリアすることに集中し、勝利だけを求めて、大阪へ向かう。
帰りの新幹線で、悔しさを紛らわすための海外ドラマを何度も見るつもりはない。
(取材/文・杉園昌之)
外部リンク