元日本代表FWであり、広島のレジェンドでもある久保竜彦氏が、青山敏弘の映像を見て唸った。9月18日の対柏戦、ドウグラス・ヴィエイラの先制点を演出した青山のスルーパスだ。
フィールドプレーヤー最年長となった青山だが、今もチームの先頭に立ってトレーニングで走り続けている(10月12日撮影)
「最初は相手のボランチが、裏へのパスコースを消していた。だけどアオ(青山)はわざと大きくトラップすることでパスコースをあけて、スルーパス。柏に修正の時間を与えなかった」
青山自身はこの場面について、「ドウグラス・ヴィエイラの動きによってパスを引き出された」と語った。もちろん、その要素もある。だが、彼がトラップしたその直後にストライカーは飛び出しているわけで、スイッチは青山のファーストタッチ。後輩が表現したパス能力とそこに繋がる構成力を、レジェンドは「凄い」と絶賛した。
常に動きを止めず、首を振り続けてポジションをとり続ける。狭い場所でも見せるオフ・ザ・ボールのクオリティは、今も青山の武器だ(10月21日撮影)
一発のパスで局面を変えて決定的シーンを創り出すこの「青山スペシャル」はここ数年、あまり見られなかった。しかし柏戦をきっかけに、彼の特別な能力が表現され始めている。「顔がしっかりと上がるようになったからね」と自身も好調を認めた。2019年、選手生命を脅かす負傷を負った右膝の状態もよく、「いいコンディションが維持されている」(城福浩監督)ことが要因だろう。
「年齢を重ねたこともあり、このところのアオは自分が黒子になって周りの良さを引き出そうとしていた感があった」と指揮官は言う。
常に気迫を全面に押しだし、たとえ試合前日であっても激しいプレーを厭わない。闘将・青山敏弘とは、そういう漢だ(10月21日撮影)
「でも今は、自身の特性を出すことで、チームを助けてくれている。ただ、パスの受け手の動きがもっと研ぎ澄まされれば、青山の良さはもっと引き出せる」
札幌戦(9月26日)ではドウグラス・ヴィエイラ、名古屋戦(10月3日)や仙台戦(10月23日)では浅野雄也が鋭い動き出しで6番のパスを引き出した。かつての大エース・佐藤寿人にはまだ及ばないにしても、周囲は「青山敏弘」への理解を深め、合わせ始めている。
城福浩監督の説明に耳を傾ける青山敏弘。どんなに経験を積んでも、全てのトレーニングに集中する姿勢はルーキー時代から変わらない(9月16日撮影)
「あとは精度。間違いなく、良くなっている。続けていけばいい」
瞳をギラリと輝かせた35歳のバンディエラ(旗頭)。広島の走る伝説・青山敏弘は、最高のパサーであり続ける。
青山敏弘(あおやま・としひろ)
1986年2月22日生まれ。岡山県出身。作陽高2年の時、全国高校サッカー選手権決勝(対水島工戦)でVゴールを叩き込むも、あまりに強烈なシュートがゴール奥のポストに当たって跳ね返ったため、主審が「手前のポストに当たった」と勘違い。結局、PK戦で作陽高は敗れた。この「幻のゴール」は当時大きな話題を呼び、川淵三郎日本サッカー協会会長(当時)が当事者に謝罪するほどの問題に。広島が初優勝を果たした2012年、青山は当時の仲間たちと共に水島工と「再戦」し、旧交を温めた。
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