筋肉が隆起した腕をしならせ、バックハンドの強打をダウンザライン(ストレート)に叩き込む。
たとえそれが拾われても、俊敏なチェアさばきでネットに出て、柔らかなタッチでハーフボレーを沈めた。
手前がヒューイット。奥の国枝とのラリーは、ロブやネットプレーなど多彩かつスピーディ
男子車いすテニスの決勝戦。
37歳の“絶対王者”国枝慎吾と戦うのは、23歳のアルフィ・ヒューイット。
4年前のリオ・オリンピックで銀メダルも獲得している、ニューウェーブの旗手だ。
全仏の頂上決戦を迎えた時点で、両者は既に20の対戦を重ねていた。
戦績は国枝が11勝9敗でリード。
ただ、直近の対戦である全豪オープン決勝は、ヒューイットが制している。
10年以上に渡り王者と呼ばれる国枝にとり、目下最大のライバルは、この少年のような面差しのイギリス人だ。
チェアを漕ぐため片手打ちが必然の車いすテニスでは、バックハンドは誰にとっても課題。
ところがヒューイットは、「バックハンドが僕の武器であることは、誰もが知っていること」と胸を張る。
そのうえで「慎吾も、バックでどのコースにでも打ち分けられる。だからバックの打ち合いは、どちらが先に仕掛けるか、チェスのようなゲーム性になる」と言った。
そしてこの日の試合では、バックの打ち合いでヒューイットが上回った。
昨年よりも座高を上げたチェアを生かし、高い打点で力強くボールを叩く。さらにはネットにも出るなど、コートを広く使っていた。
このヒューイットのテニスを見た時に、ふと思ったのは、昨今の男子テニスの潮流だ。
長らく君臨してきたN・ジョコビッチら”ビッグ4”も30代となる中で、今大会ではS・チチパスら、22~24歳のパワフルで俊敏な大型選手が、世代交代を成そうとしている。
そんな“ネクスト・ジェン(ネクスト・ジェネレーション)”の姿が、ヒューイットと重なった。
3-6、4-6のスコアで敗れた国枝も、「若手は年々進化しているし、この競技の底上げをしている」と認める。
「東京パラリンピックは、正直、金メダルを取るにはけっこう厳しい状況になったかなと思います」
現状をあるがまま受け止めて、“レジェンド”は、ニューウェーブをせき止める策を講じていく。
国枝慎吾(くにえだ・しんご)
1984年2月21日生まれ、東京都出身。小学6年生の時に車椅子テニスに出会う。2008年北京パラリンピックで単金メダル、複銅メダル獲得。翌年には国内初の車椅子テニスプロ選手となる。2016年に肘にメスを入れ復帰後も苦しい時期を過ごすが、2018年には世界ランキング1位に返り咲いた。
国枝が車いすテニスに起こした革命
アルフィ・ヒューイット
1997年12月6日英国ノリッジ生まれ。10代から頭角を現し、2017年全仏でグランドスラム初優勝。今回の全仏を含めすでに5つのGSシングルスタイトルを持つ。
【内田暁「それぞれのセンターコート」】