「男らしく・女らしく」というジェンダーは、生物的な性差とは別に、社会が作り出す性差だ。家庭や学校などで行われる「らしさの刷り込み」にモヤモヤする声が上がっている。AERA 2020年11月2日号は「ジェンダーバイアス」を特集。
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3年前のことだ。神奈川県に住む女性(34)は長男を出産後、職場に復帰。夫が1カ月の育児休業を取った。保育園の面談に夫が行くと、「お子さんの普段の様子を聞きたいので、次回は必ずお母さんが来てください」。夫が日中も世話をしていて、細かいこともわかると説明しても、「お母さんじゃないと困る」と繰り返された。
最近も耳を疑うことがあった。子ども向け英語学習DVDを息子と見ていると、「お父さんが使う単語」として「プレゼンテーション」「オフィス」が紹介されていた。お母さんが使う単語とされたのは「フライパン」「エプロン」「レシピ」。
女性は、亭主関白の父と、父によるいわゆるモラルハラスメントにさらされる専業主婦の母を見て育った。
「私自身は男性と同じ経済力を持とうと仕事を頑張ってきたし、子どもにもフラットな価値観を持ってもらおうと意識してきました。それなのに、小さい頃からこんな刷り込みがされるなんて」(女性)
生き方や働き方の多様化が進む中、ジェンダーへの関心が高まっている。アエラのアンケートにも、10代から70代の幅広い層から回答が寄せられた。
■家庭や学校で刷り込み
とりわけ多かったのが子育て世代からの「モヤモヤする」と言う声だ。
三重県の女性(46)の息子は小さい頃、家で積み木や読書をするのが好きだった。が、夫や親戚はことあるごとに「そんなのは女の子の遊びでしょ」「男の子なんだから外で遊ばなきゃ」と「男の子らしさ」を求めた。
「息子が自分の好きなことをいけないことと否定的に捉えてしまうのが心配で、私は『男の子も女の子も好きな遊びをしていいんだよ』と声をかけていました」
息子はいま小学5年生。食器の片付けや、洗濯物の取り込みを頼むことも多いが、夫は「男の子なんだから、そんなにさせなくても」と不満げだ。夫には、やんわりと「お手伝いに男女は関係ない」と伝えようとするが、すぐに「文句を言った」と喧嘩腰になってくる。
学校での刷り込みも強力だ。職業について学ぶ社会科の授業参観では、副教材の写真や先生が作った文章はすべて、消防士や会社員は男性の仕事、看護師、保育士は女性の仕事として描かれていた。目が点になった。
「みんな無意識だし、悪気はないんでしょうが、それだけに根深いものがあります」(女性)
たとえ同世代、同性でも、ジェンダー観は育った環境などで大きく異なるから厄介だ。
1歳8カ月の男の子を育てる女性(39)が気になるのは友人のSNSだ。「娘の幼稚園の発表会」の投稿では、女子はAKB48のフリフリ衣装、男子はドラマ「今日から俺は!!」の学ラン姿で踊っていた。
「単に可愛いからと投稿したのでしょうが、私は『4、5歳の頃からこんなことをさせられるの』と怖くなりました」
■「らしさ」先天的でない
夫は家事を積極的にこなし、ジェンダー観もフラットだ。だが彼が毎回録画して見るテレビ番組は、女性芸人を「ブス」や「未婚」でイジるのが定番。女性はイラッとするが、疲れている夫のつかの間の楽しみだからと、いまは目を瞑(つぶ)ることにしている。ただ、将来息子が一緒に見て笑っていたら、「絶対、一言言うと思います」。
従来、男は「強く、積極的、理性的」などという「男らしさ」を、女は「優しく、気配りができ、受け身、感情的」などの「女らしさ」を備えているとされてきた。だが、遺伝や性分化について科学的な研究や、文化や歴史的観点からの知見が蓄積される中、「らしさ」は先天的なものではなく、男性中心の社会構造を維持するため制度的・文化的に規定された規範や期待にすぎないことがわかってきた。「らしさ」に基づく差別や不平等をなくそうという「ジェンダー平等」は持続可能な開発目標(SDGs)にも盛り込まれた。
周囲から意識的・無意識的に押し付けられる「らしさ」が、子どもに「抑圧」として働くこともある。
千葉県の男性(28)は小学生の頃、運動が得意でなく、笑いで注目を集めようとしていたことを父親に「情けない」となじられた。男らしさ=スポーツと信じる父に柔道を強要されたのもつらい思い出だ。
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■有害な男らしさを放置
大阪府の女性(44)は小5の息子に「ぬいぐるみのことは絶対、誰にも言わないで。秘密だから」と口止めされている。息子は今も寝る時はぬいぐるみと一緒だが、周囲に知られると、異常扱いされるのではないかと恐れているのだ。夫が冗談半分に「オネエとかになるなよ」と言うことにも女性はひっかかる。
「それが差別につながると思うんです。それに将来、息子が男性を好きになる可能性もゼロではない。その時私は、受け入れようと思っているのに」
小学生の頃、代表や委員長になるたびに保護者や先生に「女の子なのに偉いね」と言われるのが苦痛だった、と話すのは、高校2年の女子生徒(17)だ。中学から女子校だが、理系科目の男性教諭から「女の子だから数学ができなくても当たり前」などと言われ、可能性を閉ざされるような気がした。
中2の時に女性教諭から初めて「ジェンダー」という言葉を聞き、「私が感じていたモヤモヤはこれだったんだ!」と膝(ひざ)を打った。自分でも調べ始めると、おかしなことがいっぱい転がっていると話す。
「ナンパされたことを自慢げに話す友人もいますが、『モテる=自分の価値が高い』って勘違いしてるのかなとか。周りの女の子で痴漢被害に遭ってる子もたくさんいます。声を上げたくても皆、仕方ないと諦めてる」
弁護士の太田啓子さんは、性暴力やセクシュアルハラスメントの加害者の多くは男性だが、実はその萌芽(ほうが)が男の子の子育ての中で放置されている、と指摘する。離婚やハラスメント事案を数多く手掛けてきた太田さんは、2人の小学生の息子の母親でもある。著書『これからの男の子たちへ~「男らしさ」から自由になるためのレッスン』(大月書店)では、大人たちが「男の子ってバカだよね」と許容する言動の中に、暴力や性差別につながりかねない「有害な男らしさ」が含まれていると警鐘を鳴らした。同書は8月の発売直後から話題になり、現在4刷だ。
「多くの母親がうっすら感じていたことを、言語化したからだと思います。男性の読者からも『ギクッとした』という感想をもらいました」(太田さん)
太田さんが懸念するのは、カンチョーのような行動や、男の子が女の子に意地悪をすることを「悪ふざけ」「好きの裏返し」と軽視し、許容することだ。太田さんは、妻を殴りながら「愛しているからわかってほしかった」と言う男性、被害に遭いながら怒れない女性を見てきただけに、危機感を持つ。
「『男らしい』とされる要素には、社会的な成功や勇敢な行動に結びつくものもあります。が、競争の勝ち負けでしか人を評価できなかったり、女性に対して支配的な立場にいないと気が済まなかったり、自分の中の弱さを認められずに限界を超えて働き、過労死や過労自殺に追い込まれるリスクもある。そんな負の側面に、これまで着目が少なすぎたのだとも思います」(同)
太田さんは思春期以前から、男の子を間違った男らしさの重圧や呪いから解放しようと呼びかける。自身が普段の子育てで心がけるのは、間違った時は素直に認め子どもに謝ることだ。
「弱さを認める姿勢を大人が見せることは、特に男の子の子育てでは大切です」(同)
女の子には、嫌なことをされたら、NOと言えるように親や周囲の大人がエンパワーしてあげることが大切だと話す。
「男の子にモテるために、自分を低め、バカなふりをする必要はないよとも繰り返し伝えたいですね」(同)
(編集部・石臥薫子)
※AERA 2020年11月2日号より抜粋
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