【しいたけ.さん「夫婦・家族が持つ『守る・守られる』の機能は大切だからこそ、決断は慎重に」】
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高濱 『シン・二ホン』、夢中になって読みました。どういうきっかけでこの本を出したんですか?
安宅 僕はこれまでずーっといろいろな場所で、それこそ役人にも、企業人にも、学生にも、今のままでは日本は危ない、変わらなきゃいけないって言ってきたんです。みんな、「なるほど」とうなずきはするんだけど、ちっとも変わらない(笑)。これはもしかしたら話すよりも本のほうが、より多くの人にメッセージが届くのかなと思って。
高濱 届いたんじゃないですか。売れに売れてますよね。
安宅 この国が少しでもマシになるためのヒントはどこにあるのか、大筋で考えられる要素はめいっぱい入れたつもりです。
高濱 この本は、AERA with Kidsの読者にもぜひ読んでほしいんです。それこそ、これからの子育てのヒントになることもいっぱい書いてあるから。
安宅 未来の人間を育成するのは、まずは親ですからね。親の都合で未来の人間のジャマをしてはいけません。
高濱 本でも、日本は「ジャマオジ」「ジャマオバ」が多いと書かれていましたね(笑)。僕もたくさんの親と話をしてきましたが、いまだに“将来は有名大学、一流企業”というシバリがとれない人が多くて。
安宅 自分が育った価値観から抜け出すのは難しいですからね。でも実はアメリカではエリートほど大企業には行かなくなっていますよ。既存の場で出世するより、新たな場で自分たちが未来をつくろうという意識が非常に高くなっている。価値は押し付けられるものではなく、自分で生み出すものですから。
高濱 これまで親世代が持っていた真面目に積み重ねて、価値ありと信じてきた知識やハウツーは、今やAIで誰もが簡単にできるものばかり。マシーンが得意なところはマシーンに任せる時代が始まっている。それは親世代もわかってはいるんだけど、じゃあどうすれば?ってところで戸惑っているんだと思う。
安宅 日本は、データ×AIという時代のドライバーとなる分野では驚くほど出遅れてしまいました。核となる変化を生み出していないし、追いついてもいない。非マシーン的な人材が鍵なのにいまだに教育も社会も、マシーン的人間の育成を重視しています。小学校もそうでしょう。いまも漢字の書き取りや計算ドリルのために時間をたくさん割いている。これって日本だけまったく別の武器で戦っているようなものですよ。竹やりを持って訓練しているのと一緒。
高濱 安宅さんは、今の時代に必要な武器とは何だと思いますか。
安宅 まずは母国語と世界語の習得です。自分でものを考えて伝えるために必須ですから。そのうえで、豊富な実体験に基づいた課題設定能力と解決力。もちろんデータ×AIをきちんと理解し駆使できる能力も必要でしょう。でもそれらはあくまでも武器です。小学校時代に身につけてほしいのは、スキル以前の、人間的マインドですね。
高濱 マシーン的マインドにならないための。
安宅 はい。そもそも僕は、「気をつけ!」「前ならえ!」「休め!」が破壊的に良くないと思う。あれは軍隊の教練です。あれがマシーン的マインドをつくっている。ここにすごく危機感を覚える。
高濱 集団的規律を守り、みんなが一緒に動くことを良しとする象徴的なものですね。
高濱 髪形を指定する校則なんてその最たるものでしょ。互いの違いを認めず、同じであることを強制してくるんですから。すべてをベターッと同じように塗りつぶすという発想。
高濱 逆なんですよ、重きを置くところが。自分は他の人といかに違うかということに一番の価値があるのに。
安宅 まったくです。自分らしさというのは、結局のところ、「違い」なんです。違いからしか価値は生まれないし、変化も起きない。他の人とは違う自分だけの「意志」や「感情」とは何か、親も子も、そこを大切にしないと。それが、その子なりの「心のベクトル」になりますから。
高濱 心のベクトル。いい言葉ですね。
安宅 小中学校時代は心のベクトルを育む時代だと思う。これは、何かを押しつけられたり教えてもらうだけの状態では絶対に育たない。自分で体験したり、ものを読んで考えたりしないと。圧倒的な体験量が必要です。そのうえで磨かれるのが、感情であり直観であり皮膚感覚です。何を見て美しいと思うのか、感動できるのか。そして、これはイヤだという感覚や、これはおかしいと疑う心も大切。いわば本能的嫌悪感、心のひっかかりですね。僕は、これが一番重要だと思う。感情っていうのは、非論理的なものではなく、論理を構築するための本能、本質なんです。
高濱 激しく同意です。本能的な嫌悪感に気づき、それを大切にできるかどうか。それはマシーンにはできないから。
安宅 そう。たとえばさっきの「気をつけ!」「前ならえ!」ってなんかおかしくないかって思うこと。そういう生理的感覚ってすごく大切なんです。ところが日本は、その感覚を持つこと自体を否定して、抑え込もうとしますよね。これに疑うことなく、気づくこともなく20歳になってしまっては絶対にいけません。「何もしたいことがない」という致命的な大人になってしまいます。ちょっと変でもいい、常識よりも自分の感覚を信じて行動できる子のほうが、これからの時代を楽しんで生き抜いていけると思います。(構成=篠原麻子)
※「AERA with Kids秋号」では安宅さんのワイルドに育った少年時代の話にも言及。「野外体験」を重視する高濱さんと話に花を咲かせました。