プロフットボーラーとしてブレない信念もあれば、ピッチで成長していくために柔軟に変化させることもある。
3月10日の北海道コンサドーレ札幌戦では、新たに取り組んでいるプレーを垣間見せた。開幕から2試合連続で先発出場していたが、第3節は今季初のベンチスタート。ウインガーの松尾佑介がピッチに投入されたのは52分からだ。
得意な左サイドに入ると、前を向いてボールを受けるたびにチャンスを創出。一気に加速する持ち前の直線的なドリブルで、何度もオープンスペースを突く。本人が最も手応えを得ていたのは、左サイドからのカットインである。
練習から試行錯誤を繰り返し、仕掛けのタイミングをつかみ始めたところ。プレーの幅を広げるきっかけは、コーチングスタッフの助言だった。本人も以前から気になっていた部分。相手に縦のコースを切られると、あまり効果的な仕事ができていなかったという。
「今の僕にとって、ゴール、アシストの数字を残していく上では必要なものなのかなと。そこには多くの伸びしろがあると思っています」
トレーニングの成果が如実に出たのは70分過ぎ。小泉佳穂のパスから裏のスペースへ一瞬で抜け出した場面の映像は、すぐに頭に浮かぶ。
「今までであれば、ワンタッチで左足クロスを選択したかもしれないですが、あのシーンは切り返して右足で上げ、チアゴ サンタナの頭に合わせました。良い場所に落とせたし、成功体験のひとつだったと思います。良い感触がありましたね」
ただ、自身の働きを過大評価することはない。松尾は冷静すぎるほど現実を見つめる目も持っている。リーグ戦3試合をこなしてコンディションが上がり、キレが戻ってきた感覚はあるものの、特別な貢献はしていないとあっさり言う。
「見ている人は途中から入ってきた選手たちのプレーに勢いを感じたかもしれませんが、その環境をつくり出したのはチーム。個人ではない。スタメンの選手たちがハードワークしていたので、後半途中からオープンな展開になったと思います。そこを忘れてはいけない」
1点リードの戦況に応じたジョーカーの役割を理解していた。展開を読み、ゲームに入るのは当然であり、それがベンチから送り出された選手の責務。勝ち点3から逆算し、時間帯を頭に入れて必要なプレーを選択していた。
押し込まれていれば守備に奔走する。マーカーを背負ってパスをもらえれば、ボールをキープし、リスクを負わずに丁寧につなぐ。
「本当にリーグ優勝をしたいのであれば、一人ひとりが責任感を持って仕事をしないと。優勝するチームはそこの一体感がありますし、統率も取れています。そういった意味において、札幌戦は途中出場した選手たちを含めて良かったと思います」
しみじみと話す言葉には実感がこもる。2シーズン前、レッズに在籍していたときには「点を取る選手には価値がある」とはっきり口にしていたが、少し考え方が変わってきた。
「最終的には数字で評価されますが、自分のすべてではない。今は目の前の試合に勝つために何ができるのか、そこも重要だと思っています。チームの結果に影響を与える選手でありたいし、その上で数字も求めていきたいです」
2023年1月にベルギー1部リーグのKVCウェステルローに期限付き移籍し、約1年間、タフな欧州の舞台でもまれた経験は糧になっている。モダンフットボールに求められる能力を肌で痛感。食生活、疲労回復にはさらに気を配るようになり、体のメンテナンスに力を注ぐ。
現地で取り組んでいたフィジカルトレーニングは、帰国後も継続。現在は自身のコンディションの都合で一時中断しているが、今後もコンタクトプレーで踏ん張る足腰の強化、ボールキープの際に役立つ腕、肩周りの筋力アップは欠かさないつもりだ。
「現代サッカーではアスリートとしての能力がより重要視され、フィジカルパートのスタンダードが高くなっています。僕自身も、まだ伸びる要素があると思っているので。
試合の流れ次第ではボールを守って、時間をつくることも必要。高い強度が求められるなか、筋肉の量と質も大事になってきます」
いずれもチームプレーに欠かせないものばかり。クローズアップされるのは、スピードを生かした派手なドリブルかもしれないが、地味な仕事でも泥臭くこなせるようになっている。ウイングのタスクは、華やかなものだけではない。
「オフ・ザ・ボールの動きはあまり見えないのですが、継続してやり続けてないといけません。そうすることで全体のチャンスも増え、自分にも多くの好機が巡ってくると思います。大切になってくるのは忍耐力」
落ち着いた口調で話しながらも、随所に『勝つ』ことへのこだわりを強くにじませる。チームの自信は、勝利の積み重ねでしか生まれないという。見据えるのは言わずもがな。
「『自分たちには優勝する力がある』と強く信じて自信を持てたときに初めて、優勝争いできると思います」
仙台大学時代にJFA・Jリーグ特別指定選手で出場した2019シーズン(21試合・6得点)も含めれば、プロの舞台で戦うのは実質6年目。積み上げた出場数はJ1・J2通算99試合。4年前にJ1初ゴールを決めた湘南ベルマーレとの次節(3月17日)で区切りの「100」を迎えるが、リーグタイトルには縁遠いキャリアを歩んできた。まだ見ぬ頂への興味は尽きない。
「素晴らしいものがあるのでしょうね。優勝すれば、また次も獲りたいというモチベーションが生まれるんだと思います。世界中のクラブを見渡しても、そうですから。
僕のサッカー人生にも新しい目標ができるかもしれないし、見える景色が変わってくる可能性もあります。ぜひ、見てみたい。ファン・サポーターの方も渇望していますしね。レッズは長らく遠ざかっているので、そろそろ期待に応えないといけないと思います」
浦和レッズの生え抜きでも、エリート街道を突き進んできたタイプではない。どん欲な松尾の原動力は昔も今も反骨心。胸に刻み込んでいるのは、苦しんだ記憶である。
「今の自分があるのは、どれだけ苦境に陥ってもそこで頑張ってきたからです。自分のモチベーションは忘れたくない。年齢を重ねても丸くならず、良い意味でも悪い意味でも自分は自分らしく、ずっとギラギラしていたいです」
淡々とした口ぶりから受けるクールな印象とは全く違う。ポーカーフェイスの奥には強い意志がある。
(取材・文/杉園昌之)