昨シーズン、浦和レッズ加入1年目の21歳にして左サイドバックのポジションを掴んだ大畑歩夢は、23年をさらなる飛躍のシーズンにするはずだった。
試合に出場するのは当然として、0得点1アシストに終わった数字を積み上げ、シーズンを通して活躍し、タイトル獲得に貢献する。
さらには、翌年に迫ったパリ五輪に出場するために、U-22日本代表にもコンスタントに選ばれる。
そのための準備もしてきた。オフには筋力、ジャンプ力、アジリティを磨くべく肉体改造にも取り組んだ。
ところが、「今年はケガなくやりたい」と誓った矢先、沖縄でのトレーニングキャンプで負傷してしまう。左サイドバックのポジション争いにおいても、明本考浩と荻原拓也に遅れをとった。
6月24日のJ1リーグ第18節の川崎フロンターレ戦を終えた時点で、今季の公式戦出場は10試合。そのうち先発出場は、わずか4試合――。
「シーズン前に思い描いていたものとはまったく違って……難しいですね」
その日のトレーニングを終えたばかりの若者は、苦々しそうに吐露した。
推進力や突破力を備えた明本や荻原が途中出場でも“ジョーカー”の役割をこなせるのに対し、大畑の魅力はビルドアップに関わり、攻撃を組み立てられるところ。途中出場でアピールするのは簡単ではない。
「途中から出る難しさは感じていて、まだ整理できてないですね。ただ、何回か途中から起用されて、ゲームへの入り方のコツは掴んできて、ファーストプレーが大事だとわかってきました。そういう意味では、昨日(の川崎F戦)は家長(昭博)さんに対して体をしっかり入れて、いい入りができたと思います」
しかし、だからといって、大畑の表情が晴れているわけではない。肝心のゲーム体力や試合勘に違和感を覚えているからだ。
「練習でも強度高くやっているんですけど、練習と試合の強度は全然違うので。やっぱり試合に入ったときに、キツさを感じるというか。スピード感も違いますし。スタメンで起用してもらったルヴァンカップ(川崎F戦や湘南ベルマーレ戦)でも、前半は良くなくて、相手のドリブルに付いていくのが難しかったり。後半になってようやく目と体が慣れてくるところがあった。こればかりは、試合に出ないことには……」
サイドバックというポジションの特性もある。これが攻撃の選手であれば、途中出場を重ねるなかでコンディションが上がっていくことがある。しかし、守備の選手の場合、途中出場の機会自体が多くない。
前日の川崎F戦での途中出場も、明本の負傷による緊急登板という面があった。
「コンディションを上げようにも上げられないというか。そこは難しいところです。ただ、ゲーム形式のトレーニングではスプリントを意識しているし、練習で100%、120%出し切ってやるしかないなって思っています」
現在は三番手という立ち位置だが、マチェイ スコルジャ監督の大畑に対する評価が低かったわけではない。それどころかキャンプ序盤は一番手に見える立場でトレーニングに励んでいた。
その後、体調不良と負傷によって離脱したものの、キャンプ終盤には復帰し、FC東京とのリーグ開幕戦を間近に控えた練習試合では先発で起用されもした。
開幕戦の2日前、マチェイ監督は「まだふたつのポジションの先発メンバーが確定していない。明日のトレーニングを見て最終的に決めたい」と明かしたが、そのひとつが左サイドバックだったようだ。
新体制の初陣となるメンバーを決めあぐねていたマチェイ監督は、明本と大畑を何度も入れ替えながら、どちらを起用すべきか念入りに確認していた。
だが、大畑にとっては集中しにくい状況だった。
「アキくんと自分がずっと代わりばんこでやっていて。ボールに触ることなく交代することもあって、自分的に難しくて。そうした気持ちが態度に出てしまったのか、開幕戦が終わったあと、監督から指摘されて。そのあと、2節から外れるようになって」
キャンプで負傷した荻原が戦列に戻ってきたこともあり、左サイドバックの一番手と目されていた大畑は出番を失ってしまう。
「モチベーション的にも落ちてしまって。新しい監督になったばかりだから、そのやり方にも慣れないといけない。気づいたら、ただ練習をこなすだけになっていて」
FC東京との開幕戦では81分からの出場となり、第2節の横浜F・マリノス戦、第3節のセレッソ大阪戦はベンチ外。YBCルヴァンカップの湘南戦は80分からの途中出場に終わり、そこから公式戦で4試合続けてベンチ外となった。
当然のように、その時期に行われたU-22日本代表のドイツ・スペイン遠征のメンバーには選出されなかった。同じ年で同じポジションであるFC東京のバングーナガンデ佳史扶は、このタイミングでA代表へとステップアップしたにもかかわらず……。
「やっぱり、同世代の選手のことは、気になりますよね」
だが、4月に入って心境に変化が訪れた。
再びトレーニングに没頭できるようになり、練習が楽しくなってきたのだ。
――なぜ、ポジティブに切り替えることができたのか?
「なんで、ですかね……。文句を言っていても意味がないし、割り切って日々の練習に集中するしかないというか。誰かと話したり、アドバイスされたりしたわけではないですね。やるしかないんで」
――光が差し込んできた?
そんな質問に対しては「いや、特には、ないですね」とぶっきらぼうに答えながらも、「まだ、もどかしさがある?」と尋ねると、少しだけ笑顔を覗かせて、大畑はこう答えた。
「いや、もどかしさもないです。今はもう、毎日の練習で楽しむというところだけですかね。少しずつコンディションも良くなってきていると思うし、練習を楽しめるようになってきました。今はゲーム形式のところが、一番の楽しみですね」
ここまで今季のリーグ戦で先発する機会はなかったが、そのチャンスが訪れようとしていた。明本、荻原が負傷を抱え、6月28日の湘南戦に向けたトレーニングで別メニューを余儀なくされていたのだ。
――もし、出番が来たら?
そう尋ねると、大畑はきっぱりと言った。
「自分にできるプレーを全力でやること。試合の入りのところは特に勢いを持っていく。そうしたら乗っていけると思うんで。もう次はないくらいの気持ちでやらないといけない」
インタビュー2日後の湘南戦。スターティングラインナップに大畑の名前があった。
そして20分、相手ディフェンスラインの裏に飛び出して岩尾憲のロングフィードを完璧にコントロールすると、ゴール前に走り込んできた興梠慎三に鋭いボールを流し込み、先制ゴールをアシスト――。
このアシストは、大畑自身が足りないと自覚していた「推進力や飛び出し」を意識した成果でもあった。
その後も大畑は90分間走り続け、クロスを何度も蹴り込み、4-1の快勝を呼び込んだ。
――ここまで苦しみながら、なぜ、このチャンスを生かすことができたのか?
試合後のミックスゾーンで問いかけると、大畑はしばし考えてから、こう語った。
「なんか気持ちが全然違ったというか。失うものなんて何もないし、この試合に懸ける気持ちが出たんじゃないかと思いますね」
続く7月1日のゲームはアウェイのサガン鳥栖戦だ。大畑にとっては育成組織から所属し、プロデビューを飾ったチームとの対戦となる。
「去年なら燃えていると思いますけど、今のこの立ち位置では、意識できないですね。もちろん古巣なので、出たら燃えるでしょうけど、今は何も考えてないです。チャンスを与えられたら、全力でやるだけなので」
大畑が「絶対に選ばれたい」と語るパリ五輪アジア1次予選は9月に迫っており、焦る気持ちがないわけではない。
だが、J1のレギュラークラス3人による熾烈なポジション争いにおいて、巻き返しのきっかけを掴んだのも間違いない。
今季を飛躍のシーズンにするために――。世代屈指の俊英左サイドバックの逆襲が、ここから始まる。
(取材・文/飯尾篤史)