自分がチームの中心になる。
その自覚が岩波拓也を飛躍させている。
「すごいタッチダウンパスでしたね」
DAZNで解説を担当していた戸田和幸は、そう言って、思わず唸った。
9月18日に行われたJ1第29節のセレッソ大阪戦の59分だった。酒井宏樹からのバックパスを受けた岩波は、一度、ボールを自分の前に蹴り出すと、次の瞬間、前線に向けてロングフィードした。
呼応するように汰木康也がゴール前に駆け出す。落下地点でボールを受けた汰木はトラップしてボールをコントロールすると、飛び出してきたGKをかわすように次のタッチでシュートを決めた。
アメリカンフットボールのタッチダウンパスになぞらえられたプレーを、岩波自身が解説する。そこにはいくつもの伏線があった。
「試合前日に対戦相手の映像を何試合か確認しているんです。セレッソの試合も2、3試合見て、サイドバックとセンターバックの間につけられそうな感覚があったので、毎試合、狙ってはいるのですが、特にあの試合は狙えそうな手応えがありました」
実際、練習でも試みていた形だった。
「汰木とは練習のときから、ああいうパスを狙っていて、初めて試合で成功させることができました。ファーストタッチから体の向き、キックの質も含め、すべてが狙いどおりだったと思っています」
汰木へのパスには、さらに伏線が張られている。
「実はあの場面では、汰木よりもひとつ外にいるアキ(明本考浩)に出すようなモーションを入れたんです。それによって、相手のサイドバックとセンターバックの身体が外に向いたので、その瞬間を狙いました。
実は前半にも1、2本長いボールを蹴っているのですが、そのときはアキに出しているんです。汰木が決めてくれたからこそフォーカスされたシーンですが、前半にアキに出したパスが利いたと思っています」
まるでストライカーがゴール前で見せるDFとの駆け引きさながらの心理戦を、センターバックである岩波は行っていた。
タッチダウンパスと表現されたふわりと落とすボールを蹴ることもできれば、レーザービームのように低く鋭いボールを出すこともできる。
38分にはやはり汰木に向けて、後方から強いパスを通してチャンスを演出していた。
「スペースに落とすボールは、それほど速さは意識していませんが、自分としては前半38分に汰木に出したパスのほうが満足感はありました。大外にサイドチェンジするモーションを入れて、相手がばらけたところで中央に速いパスを刺す。あれもセレッソ戦の3、4日前の練習で似たようなパスを汰木に出していて、その感覚が残っていたんです」
まさに練習は嘘をつかないことの表れである。
状況に応じて長短、さらには強弱のパスを使い分けることができる。ビルドアップこそが岩波の魅力だ。
「キックの種類をある程度、持てているのはセンターバックとして大きいし、相手DFを見てキックの種類を変えられることも自分の武器だと思っています。ただ、いくらそのパスに自己満足していても、受け手と合わなかったり、チャンスにならなかったりすれば意味がない。シーズン序盤はそうした状況も多く、自分のミスもあれば、ビルドアップがうまくいかない試合もありました」
自分にしかできないプレーをしたい。
常にそう自問自答し、追求しながらたどり着いた境地だった。
より目の前が開け、自信が確信に変わったのは、川崎フロンターレと対戦したYBCルヴァンカップ準々決勝第1戦だった。
前年度リーグ王者に対して、自分の縦パスが思うように通ったことで、手応えをつかむと同時に、本来の自分の姿を呼び起こしてもいた。
「ホームの川崎戦で手応えをつかんだとき、プロ1年目の自分を思い出したんです。当時は怖いものもなければ、プレッシャーもなかったので、積極的にパスを通そうとしていて、それが自分の武器になっていった。川崎戦で、そのときの感覚を思い出せたところがありました。
うまくいかないときというのは、ミスすることを考えているから、パスにも力が入らないし、パスがズレる。でも、ミスを恐れず前向きにプレーしているときは、たとえ相手の足にボールが当たったとしても、それが味方にこぼれたりして、いい方向に転がる。今の自分はそう思えている感覚があります」
また、チームメートへの信頼が、岩波の積極性に拍車を掛けてもいる。
「セレッソ戦は雨が降っていて、スパイクの中がぐちょぐちょだったこともあって、前半に縦パスを出したら、手前で相手に引っかかってしまったんです。でも、チームメートがすぐにボールを回収してくれて、カバーしてくれた。
この場面のように、たとえミスをしてもチームメートが助けてくれると思えるようになりました。練習から本当に周りがミスをしないので、厳しいボールをつけても大丈夫という安心感もあります。(平野)佑一にしても、(江坂)任くんにしても、そこからうまく展開してくれていますからね」
攻撃での貢献は、センターバックの本分でもある守備にも相乗効果をもたらしている。
「自分としてはセンターバックなので、攻撃よりも今は守備で評価されたいという思いも強いんです」
リーグ戦5試合連続で無失点を続けている要因について聞けば、岩波はこう答える。
「ラインコントロール。これに尽きると思っています」
芽生えたのはリーダーとしての自覚だった。
「これはセンターバックというか、僕の問題だったと思っています。キツい時間帯や苦しい時間帯になると、相手のバックパスに対して、なかなかラインを上げられない試合もあったんです。ラインを上げられないからプレッシャーに行けず、プレッシャーに行けないからボールを奪えず、ボールを奪えないから運ばれて失点してしまう。
でも、今はどんなにキツくても、絶対にラインを上げて、(最終ラインの)ほかの3人について来させようとすら思っています。それもルヴァンカップの川崎戦でつかんだ手応えだったんです。ラインコントロールをすれば前線からプレッシャーにいけて、後ろでボールを奪って、すぐに攻撃に移ることができる。距離感もいいので、狙いを持った守備ができる」
中央ではアレクサンダー ショルツと組む機会が増えている。
まだ日本語が堪能ではない彼に細かい指示を任せるわけにはいかない。その自覚が岩波を大きく成長させた。
「自分が中心でやれているというのではなく、自分が中心になってやる。毎試合の走行距離を見てもらえばわかるように、以前よりも走っていて体力的にはキツいところもありますが、自分たちから圧力を持った守備ができているから、前線の選手たちもプレッシャーに行けていると思っていますし、それが無失点にもつながっていると思っています。
セレッソ戦で自分がアシストしたパス以上に気持ちよかったのが、試合終盤に思い切ってラインを上げて、相手の攻撃陣3人くらいをオフサイドラインに置けたシーン。相手の縦パスが入った瞬間、相手の誰もがオフサイドで、ボールを追えないくらいの状況を作り出すことができたんです。そのときは、ショルツと顔を見合わせて『最高やな』って感じになりました」
“ほかの3人について来させようとすら思っている”——ディエンスリーダーとしての自覚があるがゆえの発言だった。
「自分がチームの中心にならなければいけないという思いは、今シーズンがスタートしたときから思っていたのですが、どこかなりきれていない自分がいました。いろいろと模索していくなかで、声を出すことやいいプレーをしようと思ったこともありましたが、自分ができること、今の自分に足りないことを考えたら、ラインコントロールが絶対的に足りていないと思ったんです。
何より今のチームは、センターバックのレベルが全体的に高いので、少しでも調子を落とせば、試合に出られなくなるという危機感もあります。基本的には、ターンオーバーで休むことすら嫌ですし、監督が休みを与えられないくらい絶対的な存在になりたいと思っています。そのためにも、自分の武器をもっと出さなければいけないですし、自分にしかできないことをこれからもやり続けていければと思っています」
攻撃ではチームの生命線であるビルドアップを担っている。
守備ではラインコントロールによりチーム全体を動かしている。
今、岩波は確かな自覚とともに、浦和レッズのディフェンスリーダーとして確かな前進をしている。確かな頼もしさとともに——。
C大阪戦ハイライト
※岩波のタッチダウンパスは3分53秒から
(取材/文・原田大輔)