手術からわずか10日後、キャスパー ユンカーの姿はピッチにあった。
8月10日の練習中に右頬骨を骨折したユンカーは、12日に手術を受けていたが、21日の徳島ヴォルティス戦(J1第25節)で早くも先発出場したのである。
「みなさんには少し驚きがあったかもしれないですね。僕としては1日でも早く復帰してチームのためにプレーをしたいという思いでいました。もちろん、手術から1週間くらいしか経っていなかったので、自分自身にとっても簡単な復帰ではなかったですが、勝ち点3獲得に貢献できてうれしかったです。
(徳島戦は)チームとしてもいいパフォーマンスだったとは言えないですが、そうした試合でも勝利できたことは大きかったと思っています。僕自身もゴールを奪えなかったので、パーフェクトな内容とは言えませんが、それでもプレーしにくいマスクを付けた状態で、できることをやろうと取り組みました」
試合にはフェイスガードを着用して登場した。
今や広く知られるようになったフェイスガードは、一般的にバットマンスタイルというか、顔全体を覆うものが多い。
ところが、ユンカーが着用していたのはその逆で、顔の骨格を覆い、目や鼻の部分が空いていたため、『聖闘士星矢』の聖衣(クロス)のようだとSNSなどで話題になった。そのマスク制作秘話をユンカー自らが教えてくれた。
「僕の場合は鼻のケガではなかったので、自分たちで工夫して、前部分をカットすることにしたんです。顔を覆う面積が小さければ小さいほど、プレーしやすくなると思ったので。だから、自分たちで購入したマスクをカットして作ってもらいました。結果的に、どこにもない新しいタイプのマスクになったと思います。
もちろん、マスクなしでプレーすることが一番ですけど、マスクをしてプレーしている状況でも話題にしてもらったり、ファン・サポーターのみなさんに楽しんでもらえたら、僕としてはうれしいですね」
マスク着用に際しては、Twitterを使ってファン・サポーターにアイデアを募集していた。その意見を取り入れたのかと聞けば、ユンカーは満面の笑みを浮かべた。
「ファン・サポーターのみなさんからは本当に多くのアイデアをもらいました。でも、少しクリエイティブすぎたというか(笑)。もしくは大きすぎたり、重すぎたりして実現させるのは難しかったですね(笑)。
でも、さまざまなアイデアを出してくれたことには感謝しています。結果的に僕たち自身もアイデアを出し合い、工夫したことであの世界で唯一のマスクができたんですからね」
ユンカーが浦和レッズに加入したのは今年4月。それから今日まで、ユンカー自身の活動を見ていると、マスクのアイデア募集も含め、SNSの活用がうまく、ファン・サポーターと積極的に交流している様子が窺える。
そのことに触れると、ユンカーは応援してくれる人たちへの思いを聞かせてくれた。
「コロナ禍により、ファン・サポーターの方々との交流が制限されていることもあって、SNSを活用することがいい機会になると思ったんです。クラブにとっても、僕自身にとっても大事な存在である彼らと、関われる機会を多く持ちたいと思っています。
SNSは以前からやっていたのですが、日本ではTwitterが盛んだと聞いて、浦和レッズに加入してからアカウントを作りました。みなさんが多く用いているものを僕自身も活用することで、より多くの人に知ってもらえる機会になると思ったからです。更新するたびに、本当に多くの反応をもらっていますが、その反応を見ると、改めて浦和レッズがビッグクラブであること、注目度の高いクラブであることを感じます」
ここからは話題を変え、カップ戦を含めれば、すでに二桁得点をマークしているユンカーに、ストライカーとしての矜持、もしくは哲学について聞いた。
というのも、リカルド ロドリゲス監督は、ストライカーに求める資質として「プレッシング」「コンビネーション」、そして「ゴール」の3つを挙げているからだ。
「監督がストライカーに求めている3つの資質については、当然のことだと思っています。僕自身も毎試合、ベストを尽くして、チャンスを作り出し、そしてゴールにつなげていかなければならないと考えています。ストライカーはそれが仕事ですし、監督が求める3つの要素については、できるだけいい形で表現できるようにトライしています」
そのうえで、求められる3つの資質について、ユンカーはそれぞれの考えを展開してくれた。まずは「プレッシング」についてである。
「プレスの掛け方については試合ごとに、相手によっても変わってきます。まずは相手がどのようなプレーをしてくるかを理解して、それに応じたプレスを掛けることが必要になります。自分はストライカーなので、相手のCBに対してプレッシャーを掛ける役割を担うことが多いですが、その際には相手のCBに余裕を与えないタイミングでのプレスを心掛けています。
FWがボールを奪って、そのままゴールを決めるというシーンはほとんどないので、相手のミスを誘う、もしくは後ろにいる選手たちが奪いやすい方向に誘導する。ようするにチームとしてまとまったプレスを実行できているかが大事になります」
続いて「コンビネーション」である。紳士な振る舞いが際立つユンカーだが、試合中はチームメートに強くパスを要求して、細かく指示を出すこともあれば、チャレンジしたチームメートの姿勢を讃えることもある。クロスに合わせるシュートを筆頭に、ユンカーが決めて来た数々のゴールは、まさにコンビネーションによる賜物でもある。
「ここは、自分が得点をするだけでなく、アシストでもチームに貢献できればと考えています。だから、常にワンツーなど、パスができる準備や選択肢も持つように心掛けています。特にペナルティーエリア内では感覚を研ぎ澄ましています。そここそが自分のクオリティーや違いを見せるエリアですからね。
また、常に成長する余地があると思って、練習にも取り組んでいます。だから、クロスに対しても練習では細かいディテールにこだわってチームメートと詰めています。浮き球のクロスが来ればヘディングもしますが、自分が得意としているのは、素早い動き出しによりポジショニングを変え、速くて低いグラウンダーのクロスに合わせるシュート。特に日本ではロークロスが有効だとも感じているので、そうした細部を試合中はもちろん、練習から詰めています。なぜなら、練習で取り組んだことが、試合では出ますからね」
最後に「ゴール」。得点へのこだわりや哲学について聞いた。
「ストライカーとして自分は常にDFの動きや立ち居振る舞いを見ています。相手チーム、もしくは相手選手の弱点や欠点を知ることができれば、そこを突くことができますからね。自分自身の特徴を活かすことはもちろん、得点を奪うためには、相手のウィークを突くことが大切だと考えています」
ユンカー自身はグラウンダーのクロスを得意としていると話してくれたが、ヘディングでもゴールを奪い、カウンターでもシュートを決めているのは、そうした相手の特徴を把握し、弱点を突けているからなのだろう。
話を聞いたのは、J1第26節のサンフレッチェ広島戦の前だった。リーグ戦ではここまで7得点を決めてきたユンカーだが、6試合ゴールから遠ざかっていた。浦和レッズでプレーするようになり、初めての状況である。
そのことに触れると、ユンカーはこう言っていた。
「いいストライカーというのは、もちろん常にゴールを決められるストライカーになります。自分は今、しばらく得点が奪えていないですが、そうした時期でもチームのためにプレーすることが大事だと思っています。
ヨーロッパでプレーしていたときにも得点が奪えない時期はありました。でも、そうした時期でもチームのためにプレーする。そして、必ずまたゴールを奪える時期がくると信じてやり続ける。今まで自分がやってきたことを信じて、変えないということが大事だと思っています」
迎えた25日の広島戦。世界に一つしかないフェイスガードを着用して再び先発出場したユンカーが、チームのためにハードワークする姿がそこにはあった。
15分、関根貴大のシュートをGKが弾いたところに素早く詰め、左足で奪った決勝点は、まさに感覚を研ぎ澄ましていた証だろう。
ゴールという結果はもちろん、チームのために戦う気骨がある。その姿勢にファン・サポーターは魅了されているのだろう。
多くのデンマーク国旗が掲げられた浦和駒場スタジアムのスタンドを見て、ユンカーという選手の魅力、力、そして存在の大きさを再認識した。
(取材/文・原田大輔)
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