リーグ中断期間中に、チームからもらったまとまったオフでは、半年ぶりに母国のノルウェーに帰国した。
「妻に会えたのがうれしかったですね。僕が浦和レッズで戦っている期間に、新居に引っ越したのですが、その新しい家に初めて帰ることができました。もともと、オフは家族と過ごすのが大好きな人間なので、それが叶ってリラックスできました」
心身ともにリフレッシュしたことは、マリウス ホイブラーテンの表情を見れば、すぐに分かった。聞かずとも、サラっと愛する家族について話してくれるところが、いかにも王子然としていて小気味いい。
リフレッシュできた理由のひとつに、妻の手料理をはじめ、郷土料理があったのではないか、と聞いた。その答えにも、彼の性格があふれている。
「日本にいるときに、強いて言えば母国ならではのダークでハードな黒いパンが食べたくなるときはありました。でも、ノルウェーで生活していたときから、もともと国際色豊かな食事をしていたんです。だから、むしろオフ期間中には、日本食が恋しくなりました。向こうでも、お寿司を食べたくらいですから(笑)」
今季、浦和レッズに加入し、ここまでリーグ戦は全試合に出場している。AFCチャンピオンズリーグ2022決勝をはじめ、カップ戦も含めると28試合もピッチに立っている。
数字もさることながら、プレーの質、強度と、早くも浦和レッズにとって不可欠なセンターバックと言えるだろう。
文化、生活、サッカー……その違いに、外国人選手がJリーグに順応するまでには、時間が掛かると言われている。
しかしながら、マリウスほど、加入まもなくしてチームにフィットし、存在感を発揮している選手は珍しいと言えるだろう。
28歳まで母国のノルウェーでプレーし、今回が海外初挑戦となれば、なおさらだ。きっと、順応するには、彼なりの苦労や努力があったはずだ。
聞くと、その答えに再びマリウスの性格や考えを窺い知ることができる。
「その質問には、YESともNOとも言えます。確かにノルウェーと日本は文化も言語もかなり違います。でも、自分がすぐに順応することができたのは、周りのみんなが本当にサポートしてくれたおかげでした。
それはチームメートやクラブのスタッフだけでなく、まちの人たちも。買い物をしているときでさえ、みんなが本当に広い心を持って自分を受け入れて助けてくれたので、日本の生活にアダプトすることができました。同様にピッチ内でも、加入したときから、みんなが温かく迎えてくれたことが今のパフォーマンスにつながっています」
高いパフォーマンスを発揮している要因のひとつには、センターバックでコンビを組んでいるアレクサンダー ショルツの存在もあるだろう。しかし、成功している背景には、マリウス自身の考え方が大きく起因している。
「浦和レッズに加入するまで、日本に来たことはなかったので、事前に想像することや準備することは正直、難しかったです。でも、自分がどうやって日本の生活に馴染むかを考えることはできました。
まずひとつは、日本での生活を自分が楽しもうとすること。そして、自分から日本の文化、習慣、そして日本の人たちをリスペクトして学ぼうとすること。異なる文化で生きてきたからといって否定するのではなく、日本の文化や物事の進め方を理解し、受け入れることが大切だと思いました」
自分が育ってきた習慣、はたまた考えを押しつけるのではなく、自分がその土地の文化や人に歩み寄る。「自分を受け入れろ」ではなく、「自分が受け入れる」。この「を」と「が」では、自分の姿勢も、周りのスタンスも大きく変わってくる。
今や好物にすらなっている納豆もそうだろう。見たことがない、知らないからといって拒絶するのではなく、食べてみてから判断する。
彼に受け入れようとする、もしくは知ろうとする、さらには学ぼうとする姿勢があったから出会うことができた。
「少しばかり自分に柔軟性があっただけかもしれないですけどね」
マリウスは謙遜するが、決して容易にできることではない。間違いなく、その姿勢は生活面だけでなくサッカー面、ピッチ内にも大きく反映されたはずだ。
それを伝えると「多少は影響しているところもあるとは思いますが、サッカーにおいては、まずは自分を見せる、知ってもらう必要もありました」と語る。
「自分は何が得意なのか。自分に何ができるのか。それによってどうチームを助けることができるのか。まずはチームメートに見せ、示す必要がありました。自分の特徴としては、アグレッシブな守備。対人への強さ、左足のキックの精度が武器としてあることを把握してもらわなければいけなかった」
プライベートな話題のときよりも、さらに真剣にこちらの目を見て、マリウスは言う。
「例えば、ある局面で、僕がロングボールを蹴ろうとしたときに、サイドの選手が走り出していなかったとする。でも、当初、僕はあえて、そのスペースにボールを蹴っていました。それはチームメートに、『次のチャンスのときにも、そこを狙うよ』というメッセージを伝える必要があったからです。
一つひとつのプレーにメッセージを込めることで、チームメートとの呼吸は徐々に合っていく。また、同時にコミュニケーションを図る機会が生まれ、そのときチームメートは何を考えていたのか、どうしてほしかったのかを知ることもできました。だから、自分の強みを見せたのち、相手の強みを知ることで、徐々に理解し合い、関係性は築かれてきたように思います」
マリウスに感嘆したのは、ただ、「自分が受け入れる」だけでなく、「自分を受け入れて」もらう努力も惜しまなかったことだ。要するに、「が」と「を」をうまく使い分けることで、チームに素早く、そして的確にフィットしてきた。
「徐々に理解度は高まってきていると感じています。ただし、サッカーにパーフェクトは存在しないように、常に向上できる。それがまたサッカーの魅力でもありますよね」
シーズンも折り返しを迎えた。試合では、チームとしての成長を示すと同時に、課題も明確になってきている。
「簡単には相手に得点を許すことのないチームになってきていると思っています。一方で、ゴールを生む力がチームとしてまだまだ足りていない。でも、そこももう少しのところまで到達しているように思います」
話を聞いたのは、天皇杯ラウンド16の名古屋グランパス戦の前だったが、守備、それも失点の傾向について、こう向き合っていた。
「例えば(0-2で敗れた7月16日の)セレッソ大阪戦は、1失点目では相手がリスタートしたときに、我々の準備が足りていなかった。2失点目もボールを失ったときに、チームとしてバランスを崩し、準備ができていなかった。
シーズンを振り返ると、その準備が常にできていたから結果も手にすることができていた。だから、失点はその局面だけではなく、鎖のようにいくつかのミスがつながったときに起こっています。とはいえ、そこは僕らDFが仕事をして、すべて止めなければいけないですけどね」
会話の単位が個ではなく、常にチームを指しているように、課題に挙げた攻撃も他人事にすることはなかった。
「なかなか得点が奪えていない今の状況は、みんなに責任があると思っています。それは攻撃陣だけでなく、DF陣も。例えばセットプレーから自分が得点することでチームを助けることもできますし、攻撃のためにもっとパスをクリエイトすることもできる」
目標について聞くと、はっきりとこう語る。
「もちろん、チャンピオンになりたい。すべての試合に勝ちたいと思って戦っています。長いシーズンでは良いときもあれば、うまくいかないときもありますが、試合では常にチームスピリットを見せたい」
浦和レッズに加入する前に在籍していたFKボーデ/グリムトでは2020年と2021年にリーグ優勝を経験している。「エリテセリエン(ノルウェーリーグ)とJ1リーグではレベルに違いがある」と、再び謙遜しつつも言った。
「勝ったからといって大喜びすることなく、負けたからといって悲観しすぎることなく、一喜一憂せずに次の試合に向かうことが大切だと思っています。これはあくまで一例ですが、リーグの下位にいる相手との試合だからといって、油断してしまえば、結果は得られない。特にレベルが拮抗しているJ1リーグでは、数パーセントのパフォーマンスの違いだけで、勝利を得られなくなる。だからこそ、小さな、細かなディテールにこだわっていくことも重要です」
母国での経験も話してくれただけに、今までのキャリアで心に刻まれている試合についても聞いた。すると、マリウスは「答えは分かっているでしょ」と言って笑った。
「ACLの決勝です。今でも夢に出てくるくらい、ウォーミングアップをしているときからスタジアムが真っ赤に染まっていた光景を思い出します。話している今も鳥肌が立ってくるくらいに。
ノルウェーは人口が少ないため、スタジアムの規模も小さい。多くのファン・サポーターの声援を受けて戦える浦和レッズの試合は、毎試合、自然とエネルギーが湧いてきます」
ちょうど、海外のビッグクラブが次々に来日して試合を行っていたこともあり、同郷であるマンチェスター・シティのアーリング ハーランドについても触れた。
彼が母国を代表して世界の舞台で戦っているように、マリウスも母国を背負って日本で戦っているのではないかと――。
すると、彼はこう言った。
「確かにハーランドは素晴らしい仕事をしていますが、自分はノルウェーの選手を代表してという思いはそこまで強くないですね。もちろん、ハーランドが世界で評価されていることは、ノルウェーの誇りだと感じています。
でも、自分は浦和レッズのために戦っている。だから、ノルウェーとか日本のためとかではなく、浦和レッズの選手としてこのクラブのために僕は今、戦っている」
取材中、通訳を買って出てくれた松下イゴールさんが、「マリウスには日本人みたいだと言ったことがあるんです」と、教えてくれた。インタビュー中も飽きることなく、こちらの目を見て話し続けてくれる姿に謙虚さを感じ、その言葉に納得していたが、マリウスの最後の言葉を聞いて考えを改めた。
マリウス ホイブラーテンは、日本人みたいというよりも、浦和の漢である――王子然とした心の奥には熱いものが流れている。
(取材・文/原田大輔)