実りある1試合だった。ただの夏の思い出ではない。
7月23日、埼玉スタジアムでタレント軍団のパリ・サン=ジェルマン(フランス)に立ち向かい、浦和レッズの小泉佳穂は、多くのことを感じ取っていた。
「Jリーグと同じように細かいポジショニング、判断、技術、運動量で勝負できる部分もあったなと。予想どおりフィジカルの差は感じましたが、自分の進んでいく方向性は明確になりました」
自信を深めたとは言えないまでも、好感触を得た。
開始早々、絶妙のタイミングで松尾佑介に出したスルーパスは、持ち前の技術と判断が凝縮されていた。
5分、伊藤敦樹の決定機を演出するきっかけとなった前線でのボール奪取も狙いどおり。
「走力と予測を含めて、プレッシング、プレスバックに行けるのは僕の強み。フィジカルで負けていても、ボールは奪えます」
ただ、すべてが思い通りにプレーできたわけではない。最終ラインの裏へ出すパスを相手にひっかけた場面もある。
いま以上のクオリティーを追求していかなければ、プロの世界では生き残っていけないことを自覚している。
1本のパスで存在価値を示す選手もいるかもしれないが、小泉自身は違うという。自らに言い聞かせるようにつぶやいた。
「僕はそういうタイプではないので。もっと量を増やし、質も高めないといけない」
ボールを奪われた場面では、世界トップとの差を痛感。ベンチに下がった後半、自分と同じような背丈のリオネル メッシが、馬渡和彰の激しいチェックをいなしているプレーを目の当たりにして、はっきりと違いを感じた。
「『ファウルか、ボールを取れるか』の二択でくるようなディフェンスに対し、メッシの場合は『ファウルをもらうか、ボールを取られないか』のどちらかなんです。
ヴィッセル神戸のアンドレス イニエスタもそうですが、彼らは膝下からボールが出ない。体で敵をブロックできるので逆もつけます。僕もあのレベルまでいけたらいいなと思います」
バロンドールを史上最多の7度受賞するアルゼンチンのスーパースターは遠い存在かもしれないが、「すごい」の一言で片付けることはない。
世界最高峰の技術をどん欲に吸収し、さっそく練習でもトライ。すぐに身につくものではないが、中長期的な視野で習得していきたいという。
パス、シュートの振りの速さも見習うべき点だった。ほとんど振りかぶらず、相手に寄せられる前にキックモーションを終えていた。
「予備動作がないんですよ。あの振りができれば、Jリーグでもミドルシュートで点を取れるでしょうね。パリのDFは寄せが速くて、こっちがシュートを打とうとした瞬間には、距離をぐっと詰められてブロックされました。
ヨーロッパの高いレベルになると、キックの振りが速くないと、やっていけないんでしょうね。正直、僕にとってメッシの技術は、どれもリアリティがありました」
点を取るために磨くべきテクニックのひとつなのだろう。小泉にとっても、必要なものである。いままさにペナルティエリア内に入っていく動きを意識しており、フィニッシュに絡む回数も徐々に増えている。
7月10日のFC東京戦でダヴィド モーベルグが先制点を挙げた場面ではニアサイドに飛び込んで相手のマークを引き付け、パリ・サン=ジェルマン戦は関根貴大の折り返しをボレーで合わせて、ゴールを脅かした。
「いいチャレンジができています。点を決めないと意味がないと言うかもしれませんが、まずはゴール前でシュートを打つ回数を増やすことが大事。メッシでもネイマールでも外すときは外しますから。数を増やしながら、同時に確率も上げていくようにします。質だけを高めることはできないので」
普段のトレーニングからコンビネーションのすり合わせには余念がない。ワンタッチパスをもらえるタイミングで動き出し、3人目、4人目の関係でゴール前に入っていく。
パスの出し手だけではなく、受け手になることで新たな引き出しが増えつつあるようだ。
「ようやく手応えを感じてきたところです」
一時はチームの目指すべきスタイルを具現化する上で悩んだりもしたが、いまは頭の中がすっきり整理されている。
J2の徳島ヴォルティス時代からリカルド ロドリゲス監督と長く仕事をしてきた岩尾憲と積極的にコミュニケーションを取り、戦術の理解を深めることができたのは大きい。
自らが潤滑油の存在となり、勝利のために貢献することを誓う。
「自分がスタメン出場した試合で、どれだけ勝ち星を増やせるかどうか。試合に勝つためには自分のゴールもアシストも必要になりますが、数字への焦りはないです。
いまはポジティブに取り組めています。チームを勝たせることが最も大事なので。最近は元日本代表の岡崎慎司さんのような存在になれれば、いいなと思っています。タイプは違いますけどね。自分の仕事をこなしながら、チームのためにも一生懸命働きます。そこは決してブレることはありません」
7月30日の川崎フロンターレ戦でも、小泉のやるべきことは変わらない。相手が世界の強豪でも、Jリーグの上位チームでも、試合に臨む気持ちは同じ。
「肝に銘じているんです。良いサッカーができるかどうかよりも、ハードワークして戦うこと。目の前のゲームに勝ち、それを積み重ねたのが結果です。僕は愚直にやり続けます」
レッズ2年目の25歳は、泰然自若としている。地に足をつけ、上だけを目指して一歩一歩進んでいくつもりだ。
たとえ、葛藤することがあっても、すべてをプラスに変えて、結果につなげていくという。優しい目の奥には、強い覚悟がはっきり見えた。
(取材・文/杉園昌之)
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