今年、開幕30周年を迎えたJリーグ。これまで数多くのスターが誕生し、日本のサッカー少年たちに多大な影響を与えてきた。
現在、浦和レッズでプレーする多くの選手たちも、物心ついた頃からJリーガーを見て育ち、それぞれに『マイヒーロー』がいる。
Jリーグが開幕した1993年5月15日の3日前に生まれた犬飼智也は、静岡県静岡市内の小学校でサッカーを始めると、すぐに華のある技巧派パサーの虜になったという。
「僕は小野伸二さんのプレースタイルに魅了されたんです。純粋にうまくて、かっこよかった。2002年の日韓ワールドカップでどっぷりはまり、そこからずっと見ていました」
オランダのフェイエノールト時代、そして2006年にレッズに復帰してからもずっと追いかけた。
自宅の部屋にはポスターを2枚も張り、毎日のように眺めていたのは良い思い出だ。少年時代はFW、トップ下のポジションでプレーしていたこともあり、そのすべてがお手本だった。
「あえてアウトサイドでボールを蹴り、『ベルベットパスだ!』と言いながらプレーしていましたから(笑)」
記憶に残っている小野のプレーを挙げれば、切りがない。次から次に頭に浮かんでくる。
浦和時代に決めた華麗なループシュートは印象深い。ゴールに向かって、小野と同じような軌道のボールを蹴るために繰り返し練習したことも覚えている。
リフティングの重要性を説いたコメントを聞けば、地面にボールを落とさないように必死に頑張ったこともあった。
憧れの人と対面したのは、18歳のときだった。清水エスパルスの育成組織からトップチームに昇格すると、すぐ隣にその人はいた。
「プロ1年目にして、いきなり夢がひとつ叶いました。チームメイトになれたときは、本当に嬉しかったです。本物のベルベットパスを受けましたからね。練習中のボールタッチひとつ取っても、すごかった。伸二さんがトラップするときだけ、ボールの空気が抜けているのかな、というくらい足に吸い付くんですよ」
ピッチを一歩出ても、イメージは一切崩れなかった。
「人間性も素晴らしくて、若手たちに対して、すごく優しかった。寮生たち全員を引き連れて、焼肉にも連れて行ってくれました。しかも、伸二さんが肉を焼いてくれるんです」
幼少期からのアイドルだったことを直接本人に伝えられなかったが、メディアの前ではずっと公言している。
特別な人への思いは変わらない。43歳となった小野はJ1最年長選手として、今も現役。そして、今季こそは叶えたい願いがある。
「北海道コンサドーレ札幌との対戦(12月3日)は楽しみ。伸二さんのユニフォームをもらいに行きます。ずっと欲しいと言っているんです」
『マイヒーロー』への思いを口にする犬飼の目は、まるで少年のようだった。
(取材・文/杉園昌之)
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