練習は嘘をつかない。
サッカーに限らず、スポーツ選手がよく使う言葉だ。6月7日に行われた天皇杯2回戦の関西大学戦で牲川歩見は、その言葉が真であることを示した。
延長戦の末に1-0で勝利した試合の後、報道陣の前に現れた牲川は、笑っていた。
ピッチを離れれば穏やかな性格だ。勝利が嬉しかったこともある。一方でチームとしても個人としても課題や反省を感じているし、その点に関しては笑っていられなかった。むしろ5分強のほとんどを課題や反省に費やしていた。
ただ、試合が楽しかった。負けたら終わりのトーナメント、そして学生相手で絶対に負けられないなか、牲川が感じたのはプレッシャーや緊張よりも試合に出られる楽しさや嬉しさだった。
「僕にとって、今日のようなチャンスはご褒美みたいなものです。そのご褒美の時間を無駄にしてはいけないという気持ちでプレーしていました」
牲川にとって関西大学戦は、加入2年目で浦和レッズの選手として初めて公式戦で先発出場した3月26日のYBCルヴァンカップ グループステージ 第2節 清水エスパルス戦以来、2カ月強ぶりの公式戦だった。
この2年間における出場も、その2試合に加えて、昨季のAFCチャンピオンズリーグ2022グループステージの山東泰山足球倶楽部戦での約30分間だけだ。
GKはフィールドプレーヤー以上に経験がモノを言うとされる。しかし、2年間で3試合目の公式戦であることが嘘のように、牲川は120分間集中し続けていた。何も知らずに試合を見た人がいるならば、そのプレーや振る舞いを見て正GKと勘違いしたかもしれない。
公式戦の出場機会を「ご褒美」と表現できるのは、それだけ日頃から努力と成長を重ねられているという自負があるからだ。その自負があるからこそ、落ち着いてプレーできるとも言えるだろう。
「前回の清水戦から2カ月くらい空きました。その間に培ったものをやっと試せる。やっと表現できる。そう意気込んでプレーしましたので、楽しみでしかありませんでした」
シュートにしっかりと対応し、ハイボールにも積極的にチャレンジ。ビルドアップも丁寧にこなしながら、ときに正確なフィードを前線に送った。
実戦経験が少ない、あるいは実戦から離れているGKにありがちなミスや不安定さはなかった。むしろ、チームにとって難しい展開が続き、相手に押し込まれた時間帯もあったなかで、彼の攻守における安定したプレーがなければ90分以内での失点、すなわち敗戦もあったかもしれない。
その姿をベンチで見ていた西川周作は、嬉しそうに、だが、どこか緊張感もはらんだ表情で牲川のプレーをこう評した。
「今日は難しい試合でしたが、ニエのプレーは落ち着いていました。ビルドアップもしっかりとできていたし、狙いを持ってフィードもしていましたし、クロスにトライし続けていたところが一番大事です。前に出てボールに触れなかったとき、次のプレーはどうかな、と僕は見ていました。おそらくジョアン(ミレッ)GKコーチも見ていたと思います。そういうところでも落ち着いてプレーしていたと思います」
勝利に貢献したことで、今後の出場機会が増えそうな手応えはあったのだろうか。そう問われると牲川は、ただの笑顔とは違う、少し苦みも混じえた表情で答えた。
「自分の成長は練習でも実感できていますし、こうして試合でプレーしても実感することができました。でも、周さんの成長も感じています。なので、近づいているかと言われると、まだ難しいですね」
牲川や西川だけではない。ジョアンGKコーチのもと、鈴木彩艶、吉田舜も含めた4人が日々切磋琢磨し、誰もが成長し続けている。
試合での課題は常に全員に共有され、ジョアンGKコーチの『講義』からも選手たちは学んでいる。現体制となった昨季から、西川は「誰が出てもおかしくはないし、GKチームを代表してプレーしている」と口癖のように話す。この日の牲川はその言葉が建前ではないことも示した。
出場数から来る一般的な表現を使えば、牲川は浦和レッズの第3GKだ。こんな第3GK、他のチームにいるだろうか?
久々の公式戦は楽しかった。成長を見せられた実感もある。ただ、これですべて良しとも思っていない。
「練習の中でも成長できると思ってやっていますし、周さんが自分たちの取り組みを最高の形で表現してくれています。周さんのプレーをお手本にして、自分に落としていきながらアップデートしていきたいと思っています。またチャンスが来たら、もっと自分を見せられるように頑張ります」
次の出場機会がいつになるかは分からない。11日の横浜FC戦かもしれないし、また2カ月、いやそれ以上に空くかもしれない。
それでも牲川がネガティブになることはない。常に成長していることを実感しながら、全力でトレーニングに取り組む。そして、次の出場機会が訪れたとき、その期間分の成長をまた見せてくれるはずだ。
(取材・文/菊地正典)
外部リンク