明るい表情を浮かべながら、名古屋グランパス戦のシミュレーションを進めている。
浦和レッズのチームスタッフが用意する対戦相手の編集動画を約30分かけてしっかりチェックし、試合のイメージを膨らませていく。
あらゆるパターンを想定しつつ、頭の中でゴールマウスに立つ。28歳の牲川歩見は正GKとして君臨する西川周作、U-22日本代表の鈴木彩艶らが大きな壁として立ちはだかっていることを自覚しているが、一定のモチベーションを保ったまま、いつも試合に備えている。
「J1リーグでも、YBCルヴァンカップでも、ACL(AFCチャンピオンリーグ)でも、天皇杯でも、どんなときも対戦相手を分析し、常に自分の準備をすることが大事だと思っています。
(ベンチメンバーから外れれば)悔しさは感じますが、今は純粋にサッカーを楽しめているんです。日本トップクラスのGK陣と一緒に練習できる環境はそうないこと。僕は2人にレベルを引き上げてもらっていますし、将来的にも自分の財産になるのかなと」
加入2年目のレッズで、公式戦初先発を果たしたルヴァンカップ第2節・清水エスパルス戦(3月26日)。マチェイ スコルジャ監督が先発起用を示唆したことを報道で知り、練習の空気からも出場機会が巡ってくることを想定できた。
それでも、次のゲームに向けての準備は、普段と変わらなかった。
「僕は緊張してしまうタイプなので、なるべくサッカーのことに集中し、平常心でいることを心がけていました」
スターティングメンバー入りを直接知らされたのは、試合当日のミーティング。ロッカールームから集中力を高め、場内アナウンスで自分の名前が呼ばれても耳に入っていなかった。
入場前は緊張で体は強張り、熱狂的なファン・サポーターが作り出す浦和駒場スタジアムの雰囲気に鳥肌が立ったものの、浮足立つことはなかった。ピッチに入ると、頭の中は試合モードへ切り替わっていた。
「ジョアン ミレッGKコーチと練習で取り組んできたことを出すんだ、という一心でした。対戦相手を分析し、次に何が起きるのかを予測しながらプレーしていました。予想外のことは、あまり起きなかったと思います。ほとんどが想定の範疇だったのかなと」
71分、1-1に追いつかれたあとも落ち着いていた。再三訪れたピンチでは相手のシューターと駆け引きし、余裕を持って対応。あえてポジショニングをずらし、意図的に一方のコースに誘い込んだ。
終了間際、シューターに有利な1対1の場面でも相手のシュートを体に当てて、見事にブロックする。
「最後はわざと空けていたコースの逆に来たのですが、体には当たるかな、と思っていました」
丁寧なビルドアップも光った。広い視野を持ち、ショートパスだけではなく、正確なミドルパスでサイドに大きく展開。プレスをかけられても、焦らなかった。
目を見張ったのは、西川を彷彿とさせる素早い判断からのパントキック。相手最終ラインの裏に走った興梠慎三の動き出しを見逃さず、一振りでチャンスをつくり出した。
「日頃から周さんのキックを見て学んでいますから。僕の場合、体を倒し過ぎないように自分なりにアレンジを加えて、蹴っています」
実戦での経験は、何物にも代え難い。手応えばかりではなく、自らの課題を見つめ直すこともできた。
失点を許した場面は、改善点が凝縮されていた。防ぎようがないスーパーゴールに見えたものの、本人は首を大きく横に振る。
「僕の中では、あのシュートは取れる感覚がありました。むしろ、GKとしては防がないといけない失点です。練習でも自分で感じていたことなので。シュートに対して、斜め前に飛ぶことができなかった。体が少し後ろに流れてしまって……」
仕方ないで済ませることはない。防げたかもしれない手立てを探り、今後、同じようなゴールを奪われないために努力している。牲川にとって、失点は学びなのだ。
「点を取られたときこそ、成長するチャンスです。これからGKを目指す子どもたちには、それを伝えていきたい」
かつて牲川はゴールを許すたびに落胆していたという。そのたびにモヤモヤした気持ちを抱え、プレーにも悪影響を及ぼしていた。
2017年にはザスパクサツ群馬でJ3降格を経験。大きな悔しさを味わい、一度立ち止まって考えた。
「このままでは、自分の成長につながらないと思ったんです。周囲の人たちの意見を聞き、少しずつ意識を変えていきました。昔は失点するたびにその責任は味方のDFにあるのか、GKにあるのか、と考えていたのですが、それ以降はすべて自分に矢印を向けられるようになりました」
そして、レッズではGKのポジションをより楽しむことを覚えつつある。大きなプレッシャーがかかるなかでも、いつも笑顔を見せてプレーしている西川の影響は大きい。
清水戦は1-1でタイムアップを迎え、勝ち点3を呼び込めなかった悔しさから下を向いていると、元気よくハイタッチされた。
「『今日は、ニエのおかげで勝ち点を取れたよ』。正直、周さんのあの言葉が何よりも嬉しかったですね」
すぐに顔を上げて、前を向いた。プロ11年目を迎えて、ルヴァンカップに初先発。大きな一歩を踏み出したが、それだけで満足はしていない。J1リーグに懸ける思いは強い。
J3のアスルクラロ沼津、J2の水戸ホーリーホックで試合経験を積み重ね、少しずつステップアップしてきた自負がある。
「J1リーグはまだ遠い場所だと思っていますが、近づいている感覚はあります。そこは焦れずに、これからもどん欲に目指していきたいです。僕がレッズに来た意味でもありますから」
ほとんど出番に恵まれないまま終わるつもりはない。勝負のシーズンは、まだ始まったばかりだ。
(取材・文/杉園昌之)
外部リンク