8月13日までは短い道のりではなかった。
サンフレッチェ広島戦の前日に先発メンバー入りを告げられた明本考浩は、胸を高鳴らせていた。6月24日の川崎フロンターレ戦で右太もも裏の肉離れを起こして以来、8週間ぶりとなる公式戦のピッチである。
「うれしさもありましたが、『やってやるぞ』と思いでしたね。前節の横浜F・マリノス戦を目指していたので、いつでも行ける心の準備はできていました」
1日でも早く試合に戻りたくて、うずうずしていたのだ。はやる気持ちをぐっと抑えるために、あえてピッチから目を背けることもあった。
チームメイトたちが試合に向けて練習に取り組み、ピッチで戦っている姿を眺めていると、モヤモヤするばかり。負傷した直後の湘南ベルマーレ戦で、公私ともに仲の良い大畑歩夢が左サイドバックとして奮起する姿には刺激を受けたが、明本はリーグ中断までは1試合たりとも休みたくはなかったという。
「僕は選手として、どんな試合にも常に出ていたいんです。多少のケガくらいなら、できるという思いもありました。実際、痛みにも強いタイプなので。それこそ、国士舘大時代から『肉離れはケガではない』という感覚でしたから……」
復帰までの過程において、慎重を期すメディカルスタッフとは意見をぶつけ合うこともあった。
ただ、今回の戦線離脱で自らを見つめ直し、考えをあらためた。今年で25歳を迎え、体も徐々に変化してきている。2年前に同じ箇所を負傷し、離脱したことも頭にある。
これまでもリカバリーケアには気を配ってきたが、より一層自らの体と向き合うようになった。
「自分では気づけなかったところをトレーナーに指摘してもらい、今、走るフォームを改善しているところです。太もも裏の筋肉に負担がかかりにくいようにしています。あと、食生活も変えました。その中身はちょっと秘密ですけどね(笑)。この先も同じケガを繰り返したら、それこそ意味がないので」
オフ期間中はサッカーのことを考えずにケガを治すことだけに専念してきた。
そして、満を持して迎えた復帰戦だった。マチェイ スコルジャ監督から任されたポジションは今季、主戦場としている左サイドバックではなく、左ウイング。広島戦に備えた戦術練習から同じ位置に入っていたため、ある程度、予想はできたという。
いざピッチに入っても、イメージの相違はなかった。
「ゲームにはすんなり入れました。試合感覚も鈍っていなくて、普通にプレーできたのかなと。長いスプリントには多少の不安はありましたが、まったく問題なかった。怖さを感じることなく、思い切り走れました」
56分に途中交代したものの、要所で持ち味を発揮。酷暑の中でも強度の高いプレスをかけ、積極的に相手最終ラインの裏へ飛び出すフリーランも見せた。
「開始20分までは余裕だったので、『これは行けるわ』と思ったのですが、30分を過ぎたあたりからちょっときつくなって……。あとは90分間、続けられるように体力を戻していきたいです。もう少し長い時間プレーできたかもしれないですが、ケガの再発リスクを考えて、監督、メディカルスタッフがあそこで止めてくれたことには感謝しています」
ベンチに戻ったときにマチェイ監督とハイタッチをかわすと、「よくやった」と言われたが、素直には喜べなかった。
終了間際に逆転ゴールを奪われて、痛恨の黒星。今思い返しても、悔しさがこみ上げてくる。先発メンバーに名を連ねたひとりとして、敗戦を重く受け止めている。
「自分にも責任の一端はあります。なんとしても勝たないといけなかった。シーズン前半ももったいない勝ち点の落とし方をした試合がいくつもありましたから。首位のヴィッセル神戸と勝ち点差は『9』。ここからは死もの狂いで食らいついていくしかないです」
諦めずに目指しているのはリーグ優勝。ユーティリティープレーヤーの明本にも希望するポジションはあるが、優先順位は変わらない。
「チームの勝利が一番。そこに自分も加わって、貢献したいと思っています。勝つためであれば、どこでもいい」
今季は指揮官との面談で志願して左サイドバックでプレーし、こだわりを持ってピッチに立ってきた。
目標である日本代表への近道と考え、最終ラインでの守備、ポジショニング、オーバーラップのタイミングなどを必死に学んできた。
明本は日本代表の右サイドバックとして、FIFAワールドカップに3大会出場している酒井宏樹をずっとお手本にしている。
「宏樹さんしか見ていないくらいです。Jリーグでは群を抜いていますから。いつもサイドを制圧し、相手に大きな脅威を与えています。今のレッズは宏樹さんのチームと言ってもいいくらい。左サイドでもあれくらいの存在感を示せないといけないと思っています」
先輩に倣い、左クロスにも磨きをかけている。居残り練習では、国士舘大学の同期である髙橋利樹に付き合ってもらい、精度の向上に取り組んでいる。
もちろん、左サイドハーフで出場しても、生きてくる武器だ。
「(今季の初)アシストしたいです。そろそろ練習の成果を見せないと。僕のクロスからチームメイトに点を取ってほしい」
目の前に迫る8月18日の名古屋グランパス戦に向けて、闘志を燃やしていた。
8月2日の天皇杯ラウンド16は遠征に帯同できず、0-3で敗れた試合を画面越しに見るしかなかった。どうすることもできない歯がゆさが募った。
「見ているだけでも、本当に悔しくて。ファン・サポーターは熱く応援してくれているのに、それに応えることができなかった。僕ら選手たちが、ピッチでもっと戦わないといけない。次は絶対に負けてはいけない。
現在、名古屋は3位。僕らはもう勝ち点を落とすわけにはいかない。勝つために、自分のすべてを捧げる気持ちでプレーします。ここまではベテランの力に頼っていましたが、いつまでもおんぶに抱っこではいけない。自分が仲間を鼓舞し、引っ張っていくつもりでいきます。勝利への執念はプレーで示したい」
J1リーグを制し、栄光のシャーレを掲げることをずっと夢見てきた。
プロ4年目を迎えるなか、同じサッカー選手として、川崎フロンターレ、横浜F・マリノスの面々が歓喜する姿を映像で見るたびに羨ましく思ってきた。
リーグ戦の残りは11試合。AFCチャンピオンリーグ制覇に続いてのタイトル奪取に思いを馳せ、自らに言い聞かせていた。
「自分も必ず優勝できる日が来ると信じている」
残されたチャンスをつかむために、明本の信念は揺るがない。
「この夏場でどれだけ走り、ハードワークして戦えるかどうかに懸かっている」
帰ってきた男が、反攻に転じる浦和レッズをけん引していく。
(取材・文/杉園昌之)