今季のここまでの闘いを振り返ると、安居海渡はまず「きつかった」と口にした。
しかし、表情は晴れやかだ。そしてふた言目にポジティブな言葉を発した。
「充実した1年になったと思います」
浦和レッズで現在プレーする31選手のうち、昨季から在籍しているのは20選手。その中で最も良い方向に立場を変えたのは安居だった。
公式戦出場は50試合中わずか11試合だったルーキーイヤーから、2年目の今季はまだ全日程を終えてはいないものの、出場試合数を57試合中53試合と激増させ、うち37試合で先発出場。ほとんど試合に出られない立場から、1年でチーム最多出場の選手となった。
「試合に絡めた回数は昨季よりかなり多くなりましたし、出る時間も長くなりました。移動もあり、なかなかオフがありませんでしたので、疲れはありましたが、その分、楽しいシーズンになりました」
ターニングポイントはやはり、メンバー外となった開幕2試合を経て自身の今季初出場となった一戦、浦和駒場スタジアムで行われたJ1リーグ第3節のセレッソ大阪戦だった。
安居は1-1で迎えた残り10数分のところでマチェイ スコルジャ監督に呼ばれた。
「初めは驚きました。試合に出るということになり、ボランチだろうと思っていましたから」
この試合に向けたトレーニングでは2トップの一角としてもプレーしていたが、それはあくまで仮想C大阪として。しかし安居が与えられたのは、トップ下だった。
シーズン初戦でトップ下。いいイメージは湧かなかった。
「昨年も最初の試合はトップ下だったので、あまりいい思い出はありませんでした」
昨季はJ1リーグ開幕戦で先発出場の機会を得たが、体調不良が続出したことによるスクランブル体制によるもの。そしてポジションはトップ下だった。
ほとんど経験のないポジションでいきなり活躍できるほどプロの舞台は甘くなかった。
最初のチャンスで力を発揮できなかった安居は、その4日後の試合でプレー時間をわずか数分に減らすと、出場機会を失っていった。
「でも、今回は『何だよ』という気持ちではなくて、『やってやる』という気持ちでピッチに入りました。だからこそ、ああいう結果が出たのではないかと思います」
C大阪戦で途中出場した5分後、終了間際の82分に持ち味のひとつである強烈なシュートでゴールを決め、20年ぶりの浦和駒場でのホーム開幕戦でチームに今季初勝利をもたらした。
このゴールをきっかけに出場機会を増やしたが、本来のボランチではなくトップ下をメインポジションとする日々が続いた。同じポジションの小泉佳穂や昨年プレーしていた江坂任を参考にしながら、トップ下の動きを学んでいった。
さらにシーズン中盤に差し掛かると、トップ下で先発出場し、終盤にボランチに移ることも増えた。
「トップ下にも徐々に慣れてきましたが、少しの時間でもボランチでプレーできるのは楽しいですね」
トップ下を経験したことにより、ボランチでのプレーの幅が広がったことも実感できている。
「トップ下とボランチでは相手のプレスのかかり方がまったく違います。トップ下のほうがゴールに近い分、相手のプレスは厳しいですし、なかなか前を向けなかったり、うまくポジションを取れなかったりすることがありました。だからなおさら、ボランチでも落ち着いてプレーできるようになりました。
連係面でまだまだのところもありますが、トップ下でプレーしたことによって、どういうプレーをボランチに求めているのか、どういうパスを欲しがっているのかが分かるようになってきたと思います」
その一方、課題も感じている。
「攻撃参加することが少ないので、トップ下でプレーするときのシュート意識をボランチでも持たないといけないと思っています。攻撃だけではなくて守備もやらなければいけませんが、ボランチでもゴールを取れるのが本当に怖い選手です」
そして、「直接聞いたわけではないですし、自分の受け止め方なので本当にそうかは分からない」と前置きしながら、自分がトップ下でプレーする意味についてこう話した。
「トップ下でプレーすることによって攻撃面が磨かれたと思います。もしかしたらマチェイ監督は『もっとできるでしょ』という意味も込めてトップ下で起用したのかな。プロはそんなに甘くないかもしれませんが、ボランチに戻ったときもトップ下で得たプレーを見せなければいけないと思っています」
現在、浦和レッズの不動のボランチとして活躍する伊藤敦樹は、流通経済大学時代にDFとしてプレーすることで守備を学んだ。そのとき、ボランチでプレーしていたのが安居だった。
今度は安居がトップ下として攻撃を磨きながら、大学の先輩でもある伊藤と切磋琢磨している。
そんな変化と成長、だからこそ感じる課題を得ながらプレーしてきた今季を締めくくる舞台は、FIFAクラブワールドカップ。記憶の限り、プロになる前は浦和学院高校時代に韓国遠征した程度で、世界クラスの相手と対戦したことはない。レッズに加入してからもアジアの闘いは経験を積んだが、未知の相手との対戦になる。
当然、対戦を望むのは、ひとつ勝った先に待つ相手、ヨーロッパ王者だ。
ただ、安居は自身がまだ高校生だった6年前の出来事を知っていた。当時のヨーロッパ王者であり、世界ナンバーワンの呼び声高かったレアル・マドリードとの対戦があと一歩で叶わなかったことを。
「マンチェスター・シティと闘いたいです。みんながそう言うと思います。ただ、前回出場したときのことはもちろん知っていますし、クラブ・レオンはあのときのアルジャジーラより強い可能性が十分にあります。目の前の試合に集中しなければいけません。思い切りぶつかっていきたいです」
一時、試合でプレーしていたサイドハーフも含め、どこでプレーするのかは本人にも分からない。ただ、どこでプレーすることになろうとも、今季の成長を含めた自分の力を最大限に発揮しようとしている。充実したシーズンをさらに充実させるべく、安居は全力で世界と闘う。
(取材・文/菊地正典)
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