危ないっ。
エウベルがボールを持ったその瞬間、嫌な予感が走った。逆サイドのスペースに宮市亮が走り込んでいたからだ。4月6日の対横浜FM戦前半10分、いきなりの大ピンチだ。
満開の桜の花を背景に、後輩たちのプレーを柏好文は笑顔で見つめる(4月8日撮影)
エウベルから宮市。パスが通った。
ダメだ、決められる。失点を覚悟した。
ところが次の瞬間、紫の18番が疾風のように戻り、完璧なタックルでクリア。柏好文の献身が失点危機を救ったこのシーンを最後に、横浜FMは1度も決定機を創れず広島の前に屈した。
今季絶好調の藤井智也と笑顔をかわす柏。実は、藤井のプロ入り初アシストは柏のゴール(2021年3月10日の対札幌戦)。この時、柏は「彼の初アシストが自分のゴールでよかった。一緒に喜びあえた」と語っている(4月8日撮影)
ミヒャエル・スキッベ監督は試合後のミーティングで「今日のハイライトだ、カシ(柏)のプレーが」と称え、記者会見でも「柏が流れを変えてくれた」と言及。
優勝候補を圧倒して勝利したこの試合、ヒーローインタビューは2得点の森島司だったが、柏もまたヒーローに値する活躍を見せた。
仙波大志(右端)や長沼洋一ら、10歳以上も離れた後輩とも明るくボール回し(3月30日撮影)
ここまでの彼は決して盤石のレギュラーではない。第4節の対FC東京戦(3月12日)からリーグ戦3試合連続出番なし。第5節の対川崎F戦(3月19日)ではベンチからも外れた。しかし、こういう苦境をもエネルギーに変えるメンタリティーが、柏の最大の武器でもある。
激しいぶつかり合いが続くスキッベ監督のトレーニング。ここでも柏は落ち着いたプレーを見せている(3月30日撮影)
トレーニングでは常に全力。いつもどおりの明るさでチームを盛り上げる。もともとスキッベ監督は「柏は経験が豊富で、攻守に能力が高い」と実力を認めていた。その上で試合に絡めなくても腐らずに見せ続けた姿勢も評価した指揮官は、横浜FM戦で柏を先発に戻した。
そしてその期待に、今年35歳を迎えるベテランは見事に応えた。前述のシーンだけでなく、先制点の起点になり、攻撃でも貢献して。
同じワイドのポジションを競いあう後輩の茶島雄介とも笑顔をかわしながらのトレーニング。柏の身近にはいつも笑顔がある(4月8日撮影)
「試合に出れなくても、メンバーに絡めなくても、闘う姿勢を見せ続ける。そして、チャンスが来た時に結果を自分でたぐりよせる。これが勝負の世界において本当に大切なことだと、練習から若い選手たちに示したかった」
想いを実践した男は、4月10日の福岡戦でも先発。
柴﨑晃誠の決勝ゴールを、ニアで潰れたことによって演出した柏好文は、熱狂するスタジアムで心からの笑顔を見せた。苦境を実力で乗り越えた充実感をもって。
柏好文(かしわ・よしふみ)
1987年7月28日生まれ。山梨県出身。韮崎高から国士舘大に進学し、2010年に甲府加入。2012年、甲府の監督に就任した城福浩監督によってFWからウイングバックにコンバート。才能が開花し、多くのクラブからの移籍オファーを受け、2014年に広島移籍を決断。2015年のチャンピオンシップ第1戦ではアディショナルタイムで決勝点をあげ、第2戦では優勝を決定づける同点アシスト。外に張るだけでなく中に切れ込むプレーも秀逸で、変幻自在の動きは広島の攻撃に変化をつける。
【中野和也の「熱闘サンフレッチェ日誌」】